第2話 魅力

 駅を出て、辺りを見渡す。


「……」


 そして、思わず言葉を失った。


 一言で言えば、そこは田舎だった。遠くには山々がそびえ、三階建て以上の建物がまるで見当たらない。周りの景色のせいか、建っている建物の外観もどこか古く見える。


 どうやら、ここがソフィアちゃんのおばあちゃんの家の最寄り駅らしい。


「どうかした?」


 突然ほうけたように立ち止まった私に、ソフィアちゃんがそう声を掛けてくる。


「ううん。なんでもない」


 田舎とは聞いていたが、まさかここまでとは……。もちろん、そんな事口には出さないけど。


「で、ここからどうするの?」


 気を取り直して、この先の移動手段をたずねる。

 電車を降りた後の事までは、前以て聞いていなかった。


「その内、迎えが来るはずなんだけど……」

「迎え?」

「あ、あれかな」


 首をかしげる私の隣で、ソフィアちゃんが遠くの方に視線を向ける。


 そこにはこちらに向かって走る黒い車体の乗用車が一台。前に二人、後ろに三人乗れる、いわゆる一般的な車だ。


 あれって、あれ?


 私が戸惑っている内に、乗用車はどんどんこちらに近付いてきて、最後には数メートル先で停まった。


「行くわよ」

「え? あ、うん」


 ソフィアちゃんの後に続き、私もその乗用車の元へ向かう。


 私達がそちらに近寄る間に、運転席から一人の男性が降りてきた。年は四十前後だろうか。明るい感じの、とはいえそこまで特徴的ではない、普通のおじさんだった。


「やぁ、久しぶり。元気してた?」

「まぁ、それなりに」


 男性の前で立ち止まり、ソフィアちゃんがそう言葉を返す。


「こちら、私の伯父さんで、典孝のりたかさん」

「どうもー」


 紹介された男性――典孝さんが気軽に手をげる。


「こちら、私の友人で、水瀬みなせいおさん」

「どうも」


 それに対し私は、初対面の大人相手という事もあって、しっかり頭を下げる。


「いやー、類は友を呼ぶというか、美人にはやっぱり美人の友達が出来るんだねー」

「それ、セクハラ」

めたのに!?」


 ソフィアちゃんの指摘に、典孝さんが大げさに驚いてみせる。


「そういう時代なの」

「嫌な時代になったもんだね」


 と言いつつ、典孝さんはその事を然程気にしている様子はなかった。


「立ち話もなんだし、とりあえず乗りなよ。お義母さんも待ってるしさ。あ、荷物はトランク入れるから貸してね」


 そう言って車の後ろに回った典孝さんの後をソフィアちゃんが追ったので、私もそこに続く。


 典孝さんがトランクを開け、ソフィアちゃんと私の荷物をそこに詰め込んでいく。トランクを閉めると、典孝さんは運転席の方に向かった。


「いお」

「あ、うん」


 未だこの流れに付いていけない状態のまま、ソフィアちゃんに促され、ドアの開けられた後部座席に座る。


 ドアが閉められ、反対側のドアからソフィアちゃんが乗り込む。

 ソフィアちゃんがシートベルトを付けるのを見て、私も慌てて同じようにシートベルトを多少手間取りながら装着する。


 慣れない車のシートベルトは、仕様が違う時もあってたまに戸惑う。


「準備はいい?」

「えぇ」

「じゃあ、出発♪」


 ソフィアちゃんの返事を合図に、車が動き出す。


「それにしても、水瀬さん驚いたでしょ? 連れてこられたのがこんな田舎で」

「いや、あはは……」


 周りの光景にさすがにうそけず、私は笑って誤魔化ごまかす。


「自然以外何もないものね」

「何もないか。わっはは」


 ソフィアちゃんの辛辣しんらつな言葉に、典孝さんが豪快に笑う。


 果たして、笑いごとなのだろうか…。

 まぁ、地元の人にとってはこの程度のたわごとは言われ慣れており、最早もはや言い返すのも馬鹿らしいのかもしれないが。


「でも――」


 と、典孝さんは言う。


「それがこの町の魅力なんだよね」


 そんな風に言葉を口にした典孝さんの顔は真剣そのもので、本当にそう思っている事がひしひしと伝わってきた。




 車は町から離れ、どんどん建物の少ない山の方へと進んでいく。


 もしソフィアちゃんが一緒に乗っていなかったら、私はきっと不安におびえ、百十番ひゃくとおばんさない心持ちだっただろう。


 それくらい辺りの景色は、私の日常から大きくかけ離れていた。


 山間を走る事数十分。ようやく一軒の住宅が見えてきた。


 住宅……。いわゆる平屋の日本家屋なのだが、その規模が私の想像を超えていた。田舎だからという事もあるのだろうが、それにしても大き過ぎだ。一般的な住宅の五倍、いや十倍の大きさがあるかもしれない。何人家族で住む想定なのだろう。五人やそこらじゃ完全に持て余すし、何より掃除そうじが大変そうだ。


 車が敷地に入り、広々とした土の地面に停まる。


 その近くには、すでに赤い軽自動車が一台停まっていた。誰か、家族の物だろうか。


 訪れた住宅は、家だけでなくそれ以外のスペースも広かった。運動場――はさすがに大げさだが、それに近い広さがある。その中には大きな木や池、草や芝の生えているところもあり、古き良き日本の住宅を今に残していた。


「はい。とーちゃーく」

「ありがとうございました」

「ありがとう、おじさん」


 私達がそれぞれお礼を言うと、典孝さんは前方を向いたまま、ひらひらとこちらに向かって手を振った。


 車を降りる。


「……」


 駅の時とはまた違った意味で言葉を失う。


 ソフィアちゃんの家族自体もお金持ちとは思っていたが、一家そろってお金持ちなのだろうか。


「何してるの、行くわよ」


 振り向くと、ソフィアちゃんはすでにトランクから自分の荷物を出しており、私の荷物が典孝さんの手によって取り出されているところだった。


「あ、すみません」


 慌てて自分の荷物を取りに向かう。


「はい。じゃあ、俺はこれで」

「え? ここに住んでるんじゃないんですか?」

「まっさか、こんなコンビニもスーパーもない所に住めるわけないじゃん」


 そう言って典孝さんは、豪快に笑う。


 さっき自然がこの町の魅力と言っていた人と、同一人物とは到底思えない発言だった。


「帰りは連絡くれれば迎えにくるから」


 そんな言葉を残し、典孝さんはそそくさと車に乗り込み、足早に敷地を後にした。


「……行くわよ」


 ソフィアちゃんはその光景に何か言いたげな様子だったが、結局何も言わず、さっさと家の方へと歩き出した。


「あ、待ってよ」


 追いていかれてはたまらないとばかりに、私も急いでその後を追う。


「おばあちゃんとおじさんって、あまり相性良くないのよ」


 隣に並んだ私に、ソフィアちゃんがそう典孝さんが逃げるようにして去っていった理由を告げる。


「へー。そうなんだ」

「おじさん、なんとなく軽薄そうに見えるでしょ? そこが気に食わないみたい」

「なるほど?」


 どう返事をしたらいいものか分からず、返事が思わず疑問形になってしまった。


「ホント困ったものね」


 扉の前まで行くと、ソフィアちゃんがチャイムを押し、すぐにそのまま扉を横に滑らせる。


「待たなくていいの?」


 その様子に、私の方が慌ててしまう。


「このくらいの時間に来る事は伝えてあるから」


 まぁ、ソフィアちゃんがそう言うなら……。


「おばあちゃんー?」


 ソフィアちゃんが中にそう呼び掛けると、程なくして床がきしむ音がした。


「……」


 玄関に現れた人物を見て、私は言葉を失う。

 本日三度目にして最大の衝撃が、今私を襲っていた。


「ソフィアったら、そんなに大きな声を出さなくてもちゃんと聞こえてますよ」


 白く長い髪を後ろでった、熟年女性が目の前に立っていた。


 年は五十代の中盤、だろうか? 黒い着物に身を包んだその姿は、まさに大人の女性で、年を重ねた事による円熟した優美さを見る者に感じさせる。そして、私が何より驚いたのは、顔立ちと蒼い瞳から目の前の人物が海外の人だと分かったからだ。


 ソフィアちゃんには二人の祖母がいて、片方は日本人、片方はイギリス人なのだから、二分の一の可能性でこうなる事も私には十分想定出来たはずだ。それが出来なかったのは、なんとなく日本に住んでいるのだから日本人の方だろうという思い込みと、典孝さんの存在。


 思えば、一言も彼がソフィアちゃんのおばあちゃんの息子だとは言ってないではないか。典孝さんは義理の息子だったわけだ。


「初めまして、ソフィアの祖母の早坂ライラと申します。孫がいつもお世話になっています」

「あ、いえ、お世話になってるのは主に私の方でして……」


 あまりにも綺麗きれいな礼と言葉に、止まっていた私の思考が慌てて動き出す。


「水瀬いおです。ソフィアさんのクラスメイトで友達の……」

「……」


 ライラさんが私をじっと見る。


 なんだろう? 何か粗相そそうでもあっただろうか?


「あ、すみません。あまりに日本的な美しさに見惚みとれてしまっていました」

「おばあちゃん、日本的な物に目がないのよ」


 ライラさんの言葉に、こそっとソフィアちゃんが補足のようなものを付け加える。


「ソフィアから美人さんとは聞いてたのですが、まさかこれ程までとは……」


 えー。何この状況? もしかしてこれはあれか? イギリス的サプライズ、みたいな? 二人で私をかついで面白おもしろがっているとか? ……まぁ、そんな感じでは全然ないが。


「こんな所で立ち話もなんですし、中に入ってください」


 ライラさんがそう言うと、次の瞬間にはソフィアちゃんはくつぎ、段差を上がっていた。


「ほら、行くわよ、いお」

「あ、うん」


 言われるまま私も靴を脱ぎ、段差を上がる。


 なんか今日はホント、駅を出てから次か次へと圧倒されっぱなしだ。

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