第3話(1) 従姉

 その後、私達はたたみきの部屋に通された。

 客間なのだろうか。物はあまり置かれていなかった。あるのは背の低いテーブルと座椅子ざいすが四脚、後はとこの間くらい……。


「いおさん、こちらを自由にお使いください。本当は二部屋用意するつもりだったのですが、ソフィアから一部屋でいいと言われたので……」


 前半は私を見ながら、後半はソフィアちゃんに視線を向けながら、ライラさんがそう私に説明をする。


 まぁ、知らない場所な上、ソフィアちゃんの関係する場所だから、そちらの方が私としてもがたいのでそこに関しては全く文句を言うつもりはない。逆に夜眠る時一人にされたら、家の雰囲気も相まって恐怖を覚えそうだ。


「ソフィア、お茶をお出しするから手伝って」

「はーい」

「あ、私も――」

「いおさんはこの部屋でくつろいでいてくださいね」


 手伝いを申し出ようとした私を、ライラさんが制す。

 その言葉には、有無を言わさない圧というか強さがあった。


「はい……」


 なので私は、あっさり引き下がる。


「じゃあ、いお行ってくるね」

「うん」


 ライラさんとソフィアちゃんが廊下ろうかに消え、部屋には私一人が残された。


 二人分の荷物を部屋のすみに移動させ、早くも手持てもち無沙汰ぶさたになった私は、座椅子に座りぼっと室内を見渡す。


 部屋の広さはウチのリビングくらいだろうか。旅館の一室、そんな感じだ。


 それにしても、立派な家だな。ソフィアちゃんの両親もお金持ちだから、少しは想定していた事だが、こうして目の当たりにするとやはり驚く。この辺り一帯を牛耳ぎゅうじる、地主とかなのだろうか。そう言えば、おじいさんの姿はまだ見ていない。ただ出会っていないだけか、あるいは……。


 部屋の外に気配がして、そちらを見る。


 思ったより早かったが、ライラさんとソフィアちゃんが帰ってきたのだろう。


「あれ? ソフィアは、いない……」


 予想に反し現れたのは、そのどちらでない第三の人物。金髪碧眼のお姉さんだった。


 年は二十代? 背は高く、百七十以上はありそうだ。スラリと長く伸びた手足とスリムな体形はモデルを彷彿ほうふつとさせる。髪は長く、今はシュシュで一つに縛ったそれを肩越しに前方へとらしていた。


 ちなみに、ソフィアちゃんと目の前の女性では、同じモデルでもその対象が違う。前者はファッション誌の、後者はランウェイを歩くトップモデル。そう聞くと目の前の女性の方が容姿的に優れていそうだが、そういう話ではない。あくまでも種類が違うだけで、美しさの優劣はまた別の問題だ。


 それにしても、この人……誰? ソフィアちゃんのお姉さん――は聞いた事ないから、親戚、従姉いとこ辺りだろうか。


「もしかして、あなたがいおちゃん?」


 あれこれ考えている内に、先に質問をされてしまった。


「はい。水瀬いおです」


 私の答えを聞くやいなや、お姉さんが部屋に入ってきて、私の隣にすっと座る。


「ホント、美人さんね。お人形さんみたい」


 美人なのはあなた達だし、お人形さんみたいなのもあなた達です。


「私はひいらぎ望愛みあ。ソフィアの従姉よ」


 あ、やっぱり。


 金髪碧眼という共通的に加え、雰囲気がどことなく似ている。


「従姉って事は、典孝さんの……?」

「そう。娘」


 言われてみればなんとなく……。顔は似てないけど、性格は少し似ているかも。


「ねぇ、あなたソフィアと友達なのよね?」

「はい。まぁ……」


 一応、そのつもりだ。


「大丈夫? あの子。ワガママ言われたりイジメられたりしてない?」

「いや、そんな事は……」


 多少強引なところはあるが、私が本当に嫌な事はしないし、私の事を考えての行動も多い。まぁ、たまに自分の欲望に忠実なところもあるけど、度を超えなければそれもご愛嬌あいきょうだろう。その辺りはさすがに、ソフィアちゃんも分を弁えていると思う。


「ごめんなさい。あの子の口から友達の話を聞くなんてホント久しぶりだから、気になっちゃって気になっちゃって」

「そう、なんですね……」


 確かに、最近は人付き合いを避けていたらしいから、ソフィアちゃんにここ数年友達はいなかった可能性は高い。そうなると必然、嘘でも吐かない限り、友達の話がソフィアちゃんの口から発せられる事はないだろう。


「ねぇ、どうやってあの氷の女王みたいなソフィアの心を開いたの?」

「え? それは……」


 多分だけど今の私は何もしてない。やったとしたら過去の私。公園でソフィアちゃんに何も考えず話し掛けた、無策の勝利だ。


「ミアねぇ、いおを困らせないでちょうだい」


 私が質問に答えあぐねていると、いつの間にか戻ってきていたソフィアちゃんがそうして助け船を出してくれた。


 視線をそちらに向けると、その手にはカップが二つ持たれていた。


「あ、それ私の分? アンタにしては気がくわね」

「そんなわけないでしょ、馬鹿ばかじゃないの」

「あー、馬鹿って言った方が馬鹿なんですー。日本ではそう決まってるんですー」

「はいはい。もう私が馬鹿でいいから、いおから離れなさい」


 騒ぐ望愛さんを適当にあしらいながら、ソフィアちゃんが先程同様私の対面に座る。


「はい。いおの分」

「ありがとう」


 ソフィアちゃんの手によって私の目の前に置かれた、カップの中の水は薄い赤色をしていた。紅茶だろうか。


「ライラさんは?」


 一緒に行ったはずなのに、姿が見えない。


「今はお茶菓子がしの準備中」

「あ、そうなんだ」


 ソフィアちゃんがカップに口を付けたので、私もそれにならいカップを口に運ぶ。


美味おいしい……」


 正直、ストレートティーを率先して飲む機会はほとんどないが、これは普通に美味しかった。紅茶特有の苦味や渋みが、飲み慣れていない私でも苦にならない。茶葉が違うのだろうか。


「で、ミア姉はいつまでそこにいるつもりなの?」


 にやにやと私達二人の様子を無言で見つめる望愛さんに、ソフィアちゃんがそう話の矛先を向ける。


「だって、気になるんだもん。ソフィアが友達とどんな風にして話すのか」

「……普通よ」

「だから、その普通が気になるんだってば」

「あっそ」


 今のやり取りで、ソフィアちゃんも望愛さんを無理に追い払うのは諦めたようだ。


「そう言えば、あそこにはいつ行くの?」


 あそこ? って、どこの事だろう?


「そう。悪いけど」

「可愛い妹の頼みだもの。喜んで引き受けるわ」

「誰が妹よ……」


 よく分からないが、ソフィアちゃんと望愛さんの間で、何やら約束事的なものが前以て交わされていたようだ。それに、おそらくは望愛さんの言う、あそこが関わっているのだろう。


 気が済んだのか、ふいに望愛さんが立ち上がる。


「じゃ、いおさん、ソフィアの事よろしくね」

「あ、はい」


 望愛さんが部屋から出ていく様子を、私はなんとなく目で追う。


 その間、ソフィアちゃんは素知らぬ顔で紅茶を飲んでいた。


「元気な人だね」


 完全に望愛さんが廊下に消えたのを確認してから、そう口を開く。


「元気過ぎるくらいにね」

「望愛さんはここに住んでるの?」

「えぇ。おばあちゃんも年齢を重ねてきたし、一人じゃ大変だろうって」

「へー。優しいんだね、望愛さん」

「……」


 賛同するのは恥ずかしいのか、ソフィアちゃんは私の言葉に対し何も言葉を返さなかった。

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