⁂4 幼なじみ
文化祭の後片付けも終わり、校庭の中央ではキャンプファイヤーが行われるようとしていた。
私達はその様子を、校庭の隅に座りぼんやりと眺めていた。
「お疲れ」
そう言って、楓がこちらにペットボトルを向ける。
「お疲れ」
同じ言葉を返すと、私はそのペットボトルに自身の手にあるペットボトルを軽くぶつける。
グラスによる乾杯代わりといったところだろう。
「なんか、あっという間に終わっちゃったね」
ペットボトルの蓋を開けながら、楓が感慨深げにそんな事を言う。
「終わってみればってやつよね。準備の最中は結構大変だった気もするけど」
言いながら、私もペットボトルの
「明日、静香達とカラオケ行くけど、楓も来る?」
「え? 私?」
私の言葉が余程意外だったのか、口に運び掛けたペットボトルを楓が一度離す。
その間に私は、ジュースを一口。甘さと炭酸特有のシュワシュワ感が口内と
「もしかして用事あった?」
「用事はないけど……」
楓の戸惑いはもっともだ。今まで私達は構内では、適度な距離感で接してきた。傍から見たら、クラスメイト以上友人未満といった感じの関係性だったと思う。お互いの立ち位置を気にして、本来の関係を見失っていた気さえする。
「なんで急に?」
「うーん。いい機会かなって。文化祭の準備とかで構内で話す機会も多かったし、そもそも私達仲悪いわけじゃないじゃん? だから」
いつも一緒にいる四人も当然大事な友達だ。けど、楓は幼なじみで、そのカテゴライズの外にいる特別な存在。それをこの数週間で、私は改めて認識した。
「もちろん、お互いの交友関係は大事にしなきゃだけど、これとそれは別っていうかなんていうか……」
自分でも何が言いたいかよく分からない。とにかく、楓とは構内でも昔みたいに仲良くやっていきたい。
「分かった。行くよ。カラオケ」
「マジ? 早速、みんなに連絡するね」
スマホを取り出し、グループラインにメッセを送る。すぐに全員から各々のオッケーが並ぶ。そして、『というか、今どこいんの?』と奏からのメッセが。それに、『楓と一緒に校庭』と送る。すると、全員分の反応が秒で付いた。
「みんな、オッケーだって」
「そう。良かった」
そう言った楓は、どこか安心した様子だった。
楓と四人の間にはそれなりに交友がある。私という存在を抜きにしても、楓はそもそも顔が広くクラスの誰とも(まぁ、例外はあるが)それなりに話せる立場にいた。でなければ、さすがに楓をカラオケに誘う事はしない。
「始まるみたい」
楓に言われ、校庭の方に目を向ける。
校庭の中央には
「それでは行きますよ」
実行委員長だろうか、マイク越しに男子生徒の声が聞こえたかと思うと、周辺のボルテージが一気に上がる。
「3、2、1、点火」
男子生徒の呼び掛けに応えるように、火の点いた棒が数人の生徒の手によっていくつも井桁の中に差し込まれていく。
最初は小さかった火が次第にその勢いを増す。そして、ある一定のタイミングを越えた瞬間一気に炎へと変わった。
どこともなく歓声が上がる。
その光景を私は、ただ無言で見つめる。
程なくして音楽が流れ出した。その音に合わせ、キャンプファイヤーを囲み、生徒達が大きな輪になってフォークダンスを踊り始める。
「桜は行かないの?」
「興味ない」
楓の問い掛けを、私は
皆で盛り上がるのは嫌いではない。ただこういうのは話が別だ。なぜなら――
「桜、意外と硬派だもんね」
にやにやとした顔付きで、楓がからかうようにそんな事を言う。
「何よそれ」
「だってー」
言いたい事は分かる。分かるからこそムカつくのだ。
「おーい」
どこからか声が聞こえ、そちらを向くと紗良紗がこちらに向かって手を振りながら歩いてきていた。その隣には静香の姿も。
「桜みっけ」
そう言って、紗良紗が私達の近くで立ち止まる。少し遅れて静香もやってきた。
「そろそろみんな帰るって言ってるけど、桜達はどうする?」
「私はもういいけど……」
静香の問い掛けに、私は楓の方を見る。
「私もそろそろ帰ろうかな」
「じゃあ、荷物取りに教室戻ろっか」
「おー」
静香と紗良紗が昇降口に向かって歩き始めたため、再び私と楓が取り残される。
「行くか」
誰にともなくそう言うと、私は立ち上がった。そして――
「行こ。楓」
まだ座ったままの楓に向かって右手を差し出す。
「そうね」
その手を掴み、楓も立ち上がる。
そう言えば、楓の手をこうして握るのはいつ以来だろう。覚えていない。けど、大分久しぶりな気がする。
「どうかした?」
「ううん。なんでもない」
まだ握られた感触が残る自身の右手を隠すようにスカートの向こう側にやると、私は二人の後を追うように昇降口に向かって歩き出した。その隣にすぐさま楓も並ぶ。
「あ」
歩き出してすぐ、私は声をあげる。
昇降口を過ぎた向こう側、少し離れたところに本日の主役――水瀬早坂ペアの姿があった。二人も今から帰るところらしく、昇降口の方に向かっている。
「私、あの二人
「はぁ?」
隣から聞こえてきたすっとんきょうな言葉に、私は思わず強めに聞き返す。
「だって、あの二人の組み合わせって、なんて言うか……尊いじゃない?」
「いや、まぁ、分からんでもないけど」
とはいえ、クラスメイト相手に尊いって……。普通そういうのは、手の届かない相手に遣うのでは? アイドルとか二次元とか。
「桜も推すよね、あの二人」
「推すよねって言われても……」
私は楓のようにそちらの世界に詳しくないし、そういう感情もよく……分からないと言ったら嘘になる。実際、水瀬さんの相手には、早坂さんのような主人公もしくはヒロイン体質の人間が相応しいと想像を膨らませていたのは事実だし。
「一緒にあの二人の事見守っていこ」
「……おぅ」
目を輝かせてこちらに迫ってくる楓の圧に負けて、よく分からないまま、なんとなくで頷いてしまう。
「ホント? やった♪」
私の答えとも言えない答えに、嬉しそうに小さく両手でガッツポーズをする楓。こういう姿はあまり学校では見せない、私あるいは家族しか知らない姿かもしれない。
その事に優越感を抱いている自分に気付き、我に返る。
優越感? 何それ? なんで私、そんな事を……?
いや、深く考えるのはよそう。この先に進むと、色々危ない気がする。幼なじみだから、ただそれだけだ。うん。それ以上の事はない。あるはずがないんだ。
「まったく。馬鹿な事言ってないで、とっとと教室行くよ」
自分の気持ちを誤魔化すように、私はそう言って楓の背中を叩く。
「いたっ。何、急に」
叩かれた当人は、突然の謂れのない暴力にただただ戸惑っている様子だった。
当然といえば当然だ。楓に落ち度はない。これはただの八つ当たり。あるいは現実逃避なのだから。
文化祭が終わり、また明後日からいつも通りの学校生活が始まる。
そうなったら、もう少し学校でも楓と絡もう。だって、高校生活は長いようで短い。うだうだしていたらあっという間に過ぎ去ってしまうかもしれない。だから、その前にいっぱい思い出を作ろう。楓と。みんなと。そして、出来ればあの二人とも……。
サイドストーリー 桜と楓 <完> & 第一部 何気ない日常編 <完>
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