⁂2 運命

 根回しの甲斐かいもあって、文化祭の出し物は無事喫茶店に決まった。まぁ、クラスの半数以上に声を掛けたのだから、当然といえば当然だが。


 とにもかくにも、出し物については順調に決まった。後は、ホール係をどうするかだ。


 実のところ、こちらに関してもクラスの主要な生徒には話を通してあった。もしやりたい人がいれば、もちろん無理に押し通すつもりはないし、あの二人に関してはまた別のプランを考えるつもりだった。


 しかし、その心配はどうやら杞憂きゆうだったらしく、そちらの方もあっさり了承を得られた。体育祭の日程的に当日参加出来ない運動部の生徒が多いのに加え、あの二人がそれでクラスの輪に入りやすくなるならと、私達の提案に賛同してくれたのも大きかった。


 周りは固めた。後は、当人達がそれに乗ってくるかだが……。


「はいはい」


 手をげ、意見の機会を求める。


「はい。秋元あきもとさん」


 楓に名前を呼ばれた私は、こっそり深呼吸をしてから口を開いた。


「ホールなんですけど、水瀬さんと早坂さんにもやってもらえたらなって」


 平静を装い、あくまでもそちらの方が盛り上がりそうという短絡的な意見に聞こるように気を付け、発言をする。


 こちらのもう一つの意図を気付かれてしまっては、元も子もない。


「は?」


 水瀬さんの口から驚きとも拒絶とも取れる声が発せられた。


 これはマズったか。不自然さを感じ取られても、前以て二人にも話をしておくべきだっただろうか。


「なんで? 秋元さん達がやりたいんじゃないの?」


 早坂さんの発言も、どちらかと言うとマイナス的な内容だった。けれど、質問の形式を取っている分、まだ可能性はある。


「けど、二人って目を引くから、お客さんいっぱい来るかなって」


 はた色は悪いが、そのスタンスは崩さない。ここで下手へたに方向転換したら、不審がられてしまう。多分、この感じならいけるはず……。


 口元に笑みを浮かべ、余裕を演出。


 大丈夫。いける。水瀬さんはともかく、早坂さんなら……。


「分かった」


 早坂さんのその言葉を聞いた瞬間、私は心の中でほっと胸をで下ろした。


 思わず、楓の方を見掛けてすんでのところで止める。


 ここで必要以上に楓と私の繋がりを意識されたら困る。何か裏があるのではないかと勘繰かんぐられてしまうからだ。


「その代わり、一つ条件があるわ」

「条件? 何?」


 内心の動揺を悟られないように、優しい笑みを心掛ける。


 まさか早坂さんから条件を出されるとは。予想外だ。


「私といおは同じ時間帯の担当とする事」


 早坂さんの発したその言葉に、教室がざわつく。


 二人の関係は私達しか知らないので、その他のクラスメイトにしてみれば寝耳に水といったところだろう。


 しかし、条件と聞いて少しあせったが、早坂さんからのその提案はこちらとしてもむしろ願ったり叶ったりだ。


「静かに。静かに」


 騒がしくなった教室を、楓が必死になだめる。


 学級委員長も大変だな。私には絶対務まらない仕事だ。素直に、感心する。


 楓の声掛けもあって、教室がようやくざわめき程度に収まる。

 そのタイミングを見はからって、私は口を開く。


「もちろん、初めからそのつもりよ」


 というか、そうでなければ、二人にホール係をやってもらう意味がない。




 文化祭の準備は順調に進んでいった。


 言い出しっぺと言う事で、衣装の調達や内装のデザイン等は私が率先して行った。楓とは家が近く直接顔を合わせて相談する事が容易で、休日に会う機会も今まで以上に増えた。


 内装の買い出しには風間君のグループが主に行ってくれ、制作の方には運動部の面々も部活の合間をって参加してくれた。内心では面倒だと思っている人もいたとは思うが、表面上は皆協力的でその進行速度は当初の予定より早いぐらいだった。


 トラブルとは、得てしてそういう時にこそ起こりやすい。


「おはよー」


 誰にともなくそう言い、教室に入る。


 それに対しいくつかの挨拶あいさつが返ってきた。そして私は自分の席にかばんを置き――


「ちょっといい?」


 楓によって腕をつかまれ、私は教室の外へと連れ立される。


「え? 何?」


 状況は理解出来ないが、ここで抵抗したところで何も始まらないので素直に引っ張られていく事にする。


 そのまま廊下のすみまで連れていかれ、ようやく腕が解放された。


「で、何事?」


 掴まれた腕をこすりながら、目の前の楓にそう尋ねる。


 登校早々こんな目に合わされたのだ。もしたいした事じゃなかったら、ジュース一本どころかパンケーキくらい奢ってもらわなきゃ割に合わない。


高橋たかはしさんと三好みよし君が喧嘩けんかしたそうなの」

「……は?」


 いや、重大な事かもしれないが、なぜそれを私に? というか、いきなり連れ出してまで伝える事? ん? 待てよ。高橋さんと三好君って……。


「あ、そういう事……」


 やっと、楓の言いたい事が分かった。


 二人はカップルコンの参加者だ。つまり――


「出ないかもしれないって事?」

「少なくも、当人達は出ないって言ってる」


 現在置かれた状況を把握し、私は右手で顔を押さえる。


「代役は?」

「あの二人以外にカップルはいないから、適当に二人組作って出てもらうしか……」


 なるほど。それで私に白羽の矢が立ったというわけか。


「私に出ろって事?」

「お願い。他に頼める人いないの」


 顔の前で手を合わせ、楓が私をおがむ。


 その判断は客観的に見れば妥当だとうだし、むしろそれ以外に楓が取れる方法はないと言える。学級委員二人で出るという方法もあるにはあるが、楓は美人だが少し地味だし田中君は……まぁ、ブサイクではないかな。とにかく、派手さを取るなら、私と風間君辺りで出た方が結果はどうあれ受けはいいだろう。


「ていうか、出場者の差し替えって出来るの?」

「前日までに実行委員に言えば可能だって」


 さすが楓、その辺は抜かりがない。


 さて、どうしたものか。まぁ最悪、出場するのはいい。風間君に頼むのも私がやろう。けど――


 そこでふと一つの案が浮かぶ。私達が出るより盛り上がる妙案みょうあんが。


「ねぇ、楓」

「何?」

「カップルコンって、男女の組み合わせしか出れないんだっけ?」

「え? いや、過去には同性同士で出た事も……。まさか桜、私と出ようって言うんじゃ……」

「バカ。んなわけあるか」


 あまりにも馬鹿な事を言う幼なじみの額に、私は軽くチョップを食らわす。


「いたっ。じゃあ、なんだって言うのよ」

「私と風間君で出るより、断然優勝狙える組み合わせがあるじゃない」

「……それって、もしかして?」

「そう。水瀬さんと早坂さんの二人に出てもらうの」

「いやー、出てくれるかな?」


 楓が心配しているのは二人が出てくれるかどうかだ。つまり、あの二人に出てもらう事自体は、楓の中でアリなのだろう。


「多分、早坂さんはオッケーすると思う。水瀬さんも早坂さんがオッケーすれば、少なくともその場では断らないでしょう」

「なんでそう思うの?」

「ホール係の一件でも思ったんだけど、早坂さんは水瀬さんがクラスで孤立するのを、良しとしてないんじゃないかな」


 お互いがいればいいという考え方もあるかもしれないが、水瀬さんはともかく早坂さんはそうは思っていないように私の目には映った。だからこそ、ホール係にも存外ぞんがい乗り気だったのだろう。


「それに――」

「それに?」


 いや、これは憶測おくそくに過ぎないし口に出すのは止めておこう。早坂さんが私と同じ考えとは限らないし。


「とりあえず、ダメ元で頼んでみてよ。ダメなら私が出るからさ」

「うん。分かった……」


 楓は私とは違い、二人に断られるかもしれないと不安なようだ。


 まぁ、私の考えも何を根拠にって感じだし、当人ではなければそう感じるのも無理はない。


 しかし、不安に感じている楓には悪いが、文化祭面白くなってきたじゃないか。あの二人がカップルコンに出れば、上手く行ったら会場は大盛り上がりもしかしたら優勝まで……。


「桜、楽しそうだね」


 考えていた事がもろに顔に出ていたらしく、楓にそんな事を言われる。


「だって、見たくない? あの二人が壇上に上がるところ」

「まぁ、見たくはあるけど……」


 そう考えると、ホール係の組み合わせを私と楓とあの二人にしたのも、今となってはファインプレイだ。単に、あの二人が働いている姿を見たいというのと、何かあった時にフォローに入ろうという事でこの組み合わせにしたのだが、それがまさかこういう形で生かされるとは。まさに神がかっている。運命と行っても過言ではないかもしれない。


 文化祭まで後二日。直前で楽しみがまた一つ増えてしまった。しかも超特大の。

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