サイドストーリー 桜と楓
⁂1 可愛いもの
私は
自分でも
そしてその好きという感情は、何も物にだけ向けられるわけではない。動物、それから人にも向けられる。
別段、目を引く容姿をしているわけではない。むしろ地味。人によってはそれが彼女の印象の全て、かもしれない。
けれども私は、水瀬いおという少女を可愛いと思った。
高校に入学して同じクラスになった子の中に、他にも可愛い子は何人かいる。
ちなみに、私の言う可愛いは可愛らしいという意味であり、ただ容姿が優れていればいいというわけではない。
……話が
そう。紗良紗にはすぐに声を掛けられたのに、水瀬さんには声を掛けられなかったのだ。彼女から人を拒絶するオーラが発せられていたとか、そういう事ではない。まぁ、水瀬さんはどちらかと言うと内向的なタイプで、話し掛けられても
勘違いしてもらいたくないのが、私は別に水瀬さんと特別な関係を築きたいと思っているわけではない。お友達になりたいとは思うが、そこからもっと発展した唯一無二の存在になりたいとはこれっぽちも思っていない。彼女の相手は私なんかでは務まらない。もしも彼女の相手が務まる者がいるとしたら、それは王子様かお姫様と称される程素敵で、まるで物語の主人公のような誰かだろう。
入学からひと月程が
私は入学早々仲良くなった、木野紗良紗、
一方、水瀬さんはと言うと、五月になっても相変わらず一人だった。
休み時間や会話が可能な授業中も水瀬さんは一人で、昼休みに至っては教室・学食どちらにもその姿はなく、彼女がどこで食事を取っているのかクラスの誰も知らない様子だった。
そんな中、私のクラスで事件が起こる。金髪
早坂さんは水瀬さんとは違う意味で、人が寄り付かないタイプの人間だった。とにかく対応が淡白で、話し掛けるなオーラがプンプン出ていた。それでも転校してきて数日は、彼女とお近付きになろうと何人かの生徒が話し掛けに行っていたが、次第に無駄だと悟り、五日も経つと誰も寄り付かなくなった。
ちなみに、私も一応早坂さんに声は掛けてみた。ダメ元で。周りの目もあったので声を掛けずにはいられなかったのだ。いつの間にか私はそういうキャラになっていた。まぁ、自らそう振舞っているというところも当然あるのだが。
早坂さんも水瀬さん同様、教室で誰とも喋らず過ごしていた。昼休みに姿を消すところまで一緒。もしかしなくとも、二人は気が合うのかもしれない。
楓
昼休みに二人が、あまり生徒が昇り降りしない階段から降りてくるところを見たというのがその根拠のようだ。しかし、一緒に降りてくるところを見たわけではなく、別々に降りてくるところをしかもそれぞれ違う日に見たというのだから、どこまで楓の話を信用していいものやら……。
という事で、調べてみる事にした。
調査方法は簡単だ。本当に二人が同じ日に同じ階段を昇り降りするか、それをどこかで待ち伏せて実際に目で見て確認する。
楓と話し合った結果、待ち伏せは降りる時に行う事になった。そちらの方が二人に気付かれにくいからだ。後は、教室を抜けやすいというのもあった。昼休みが始まって早々に抜け出すより、昼食を食べ終わってから抜け出す方が周りに違和感を覚えさせづらい。どちらにしてもいい事尽くめだ。
昼食を終えた私は、一緒に食べていた四人に断りを入れ、楓の元に向かう。
楓は文芸部の二人と昼食を取っていた。元々物語が好きなので、話が合うのだろう。
「ねぇ、
私の呼び掛けに楓が振り向く。
文芸部の二人は、分かりやすく警戒感を
彼女達にとって私は、
「何?
前
「文化祭の事で少し話があるんだけど」
それに対し、私は打ち合わせ通り言葉を返す。
楓は学級委員長をやっており、私はクラスの中でも目立つ存在なので、この話題が二人きりで話すのなら一番不自然さがないのではないかと、楓の方から提案があったのだ。
「うーん。別にいいけど。私ジュース買いに行きたいんだよね」
「じゃあ、付き合うわ」
「そう? という事で、ちょっと席外すね」
前半は私に対して、後半は一緒にいた二人に対して楓が言葉を発する。
「「うん……」」
二人の反応がどこか心配そうなのは、私の日頃の行いのせいだろうか。
そこまで
「秋元さん、行きましょ」
楓が席を立ち、私もそれに続く。
行き先は一階にある自動販売機――ではなく、四階と五階を繋ぐ階段が監視出来る廊下あるいはフロア。
「ねぇ、もしかしなくとも、私って怖がられてる?」
教室を出たところで、楓の隣に並び、そう
「まぁ、
「やっぱり?」
「でも、別に怖がられてるわけではないと思うから、そんなに気にしなくてもいいんじゃないかな」
「そっか……」
人の心情に関しては、私より楓の方が見る目がある。だから、楓がそう言うなら、きっとそうなのだろう。
階段を登り、四階に到達する。
この階層には特別教室が連なっており、昼休みのこの時間には人気がほとんどない。
階段の付近に立っていてはさすがに目を引くので、フロアから廊下の方に移動する。あくまでも自然に、二人で話をしているだけ、そんな状況を
「文化祭の事なんだけど……」
それは楓を呼び出す口実。だけど、前以て話しておきたいのも事実だった。もちろん、学級委員長がクラスの文化祭の全てを決めるわけではない。ただ、学級委員長に話を通しておいて損はないだろうし、楓には私より文化祭についての知識がある。まだ文化祭の話し合いまでは二週間以上の期間があるが、おそらくすでに色々と情報を仕入れている事だろう。松嶋楓という少女はそういう人間だ。
「何?」
「喫茶店とかどうかな?」
「喫茶店? ホール係をやりたいって事?」
「それもあるけど――」
言葉の途中、楓の視線が動き、私はそこで一旦言葉を切る。彼女の視線の先にあったのは階段。そしてそこを降りてくる金髪碧眼の少女。
「いたね」
楓が
「後は、水瀬さんがこの後に降りてこれば……」
早坂さんが降りてきてから約二分後、黒髪の地味目な少女が楓の言ったように一人で降りてきた。
「私、あの二人ってお似合いだと思うんだよね」
誰もいなくなった階段を見ながら、私は楓に気持ちを告げる。
「実は私もそう思ってた」
見ると、そう言った楓の口角はにやりと上がっていた。
「で、なんだけど、二人に一緒にホール係をしてもらうってのはどうかな?」
「やってくれる? 二人共目立つの嫌いそうだけど……」
「そこはまぁ、話の流れで?」
「……無理
「分かってるって。じゃあ、私はさり気なく、いつものメンバーや運動部、後は
「
さすが楓、言わずとも私のして欲しい事がよく分かってらっしゃる。楓の性格や立ち位置からして、下手に文化祭の出し物の話をクラスメイトにすると変に思われるので、彼女から話を広げる事はしない方がいい。
「言い出しっぺなんだから、桜の方でも手配や予算も調べておいてよ」
そんな事を言いながら、楓が階段の方に足を向ける。
もうここには用がない。早く教室に戻った方がいいだろう。
「楓もやるよね? ホール係」
隣に並ぶと私は、楓にそう話を振る。
「他にやりたい人いなければね」
「水瀬さんと早坂さんのホール係、近くで見たくない?」
「……まぁ、見たくはあるかな」
強がる幼なじみの隣で、私は笑いを
何を隠そう、楓は女の子同士のカップリングに実は目がないのだ。水瀬さんと早坂さんの組み合わせなんて、きっと大好物だろう。
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