第21話(2) 夢の中で

 テレビを見ながら一時間程おしゃべりを楽しんだ私達は、少し早いが寝る事にした。


 お風呂は狭さを理由に一緒に入る事をしなかったが、私のベッドはそれなりに広く寝る方ではその言い訳は通用しない。つまり――


「どっちで寝る?」


 ベッドの前に立ち、ソフィアちゃんがそう聞いてくる。


 選択肢せんたくしは二つ。壁側かそうでない方か。


「じゃあ、こっち側にしようかな」


 特に悩む事なく、私は手前側を選ぶ。理由は簡単。万が一にも、ソフィアちゃんをベッドから落とす事がないようにだ。


「そう。なら、先に行かせてもらうわ」


 言うが早いか、ソフィアちゃんがベッドに乗り、奥に移動する。


「何してるの?」


 その様子を見つめた姿勢のまま立ち尽くす私に、ソフィアちゃんがそう声を掛けてきた。


「え? うん」


 私は意を決して、布団にもぐり込む。


 いくらベッドが広いと言っても、所詮は一人で眠るにしてはであり、二人で寝転べばその距離は必然近いものとなる。


「電気どうする?」


 リモコンを手に、私は電気の明るさの程度をソフィアちゃんにたずねる。


「私は全部消す派だけど、いおの好きにしていいわよ」

「私も全部消す派だから……もう消していい?」

「はーい」


 ソフィアちゃんのお許しが出たので、電気を消灯する。


 真っ暗になったのを見届けてから、枕元にリモコンを置く。


「ねぇ、いお」

「ん?」

「こういう時、どんな話するものなの?」

「どんなって。別に決まりはないよ。学校の話とかテレビの話とか、恋バナとか……」


 二人の時はともかく、三人以上になると結局その手の話になる事が多い気がする。残念ながら私は、ろくな話題を提供出来なくてほとんど聞き専にてっしていたが。


「いおって、好きな人いるの?」

「いないよ。そういうソフィアちゃんはいるの?」

「いるわよ」

「え!?」


 驚き、思わずソフィアちゃんの方に体を向ける。


「誰?」

「いおのよく知る人」

「私の……?」


 という事は、クラスメイト? あるいは教師の方? どちらにしても、相手が気になる。


「え? 誰?」

「明日、顔を洗う時に嫌でも会うよ」

「……まさか、お父さん?」

「んなわけないでしょ。大体、顔洗う時に会うとは限らないじゃない」


 言われてみれば、それもそうか。じゃあ、誰なんだろう?


 私がそんな風に思考をめぐらしていると、ふいにソフィアちゃんが体をこちらに向けてきた。


 先程と同じように、顔と顔が至近距離で向き合う。


 まぁ、今度は暗いので、それ程良くは見えないのだが。


「鏡よ鏡、世界で一番綺麗きれいなのはだーれ?」


 急にぼうお姫様の物語に出てくる有名な台詞を言って、私の鼻を人差し指でちょんと触れるソフィアちゃん。


 一体、何を……?


「あー」


 そういう事か。


「そんな事言ったら、私だってソフィアちゃん好きだよ」

「じゃあ、私達両想いね」


 冗談抜めかしにそう言うと、ソフィアちゃんはうれしそうに微笑ほほえんだ。


 その表情は眠気も手伝ってかどこかふにゃとしており、いつものソフィアちゃんからは到底想像出来ない、愛らしいものとなっていた。


 喫茶店の時もそうだったけど、私が思っている以上にソフィアちゃんは今回のお泊りを楽しみにしていたのかもしれない。


「ねぇ、いお」


 言いながら、ソフィアちゃんが顔をずいっと寄せてくる。


「な、何?」


 近い。ただでさえ顔がいいのに、それが超至近距離にあるなんて、ご褒美ほうびであると同時に最早もはやばつゲームだ。


 心臓が早鐘はやがねを打つ。


 心音がソフィアちゃんに聞こえてしまわないか、割と本気で心配になる。


 沈まれ、私の心臓。沈まれ!


「私ね……」


 そんな私の心情なんてお構いなしに、ソフィアちゃんが言葉をつむぐ。


 とろんとした瞳が私をとらえる。


 勘違いと分かっていても、甘えられているようで気持ちが落ち着かない。これじゃまるで、恋人達の……トークのようじゃないか。


 次にどんな言葉が発せられるのか、私は固唾かたずんでその時を待つ。


 そして、ソフィアちゃんの口が――


「眠たくなってきちゃった」

「……は?」


 驚きのあまり、気持ちが文字通りストンと落ち着く。それと同時に、先程までの動揺がうそのように、思考と心臓が急速にフラットな状態に戻った。


「だったら、寝たらいいんじゃない?」


 というわけで私は、いたって冷静な態度で、至極しごく当然な事をソフィアちゃんに提案する。


「でも、折角のお泊りなのに勿体もったいないなって」

「また泊まりに来ればいいでしょ。なんなら、次はソフィアちゃんの家の方に……」


 私の言葉はそこで途切れた。なぜなら、話す相手の意識がすでになかったから。


 すやすやと寝息を立てて眠るその顔は、いつもの大人びた表情と打って変わって実年齢よりいくつも幼く見えた。


「おやすみ、ソフィアちゃん」


 届かない言葉を口にしてから、私も目をつむる。


 睡魔はすぐに襲ってきた。緊張で寝不足だった事に加え、たくさん歩いたからだろう。




 その夜、私は夢を見た。


 夢の中の私は幼くて、目の前には同じく幼いソフィアちゃんがいた。


 二人は仲良く遊んで、手を繋ぎ走り回って、そして二人で顔を合わせて笑い合った。


 それは幼い私がずっと夢見てきた光景。だけど、そうはならなかったIFの世界。まさに夢の世界だ。


 でも、今は――


 世界が硝子がらすを割るように崩れ、私の前には今の姿のソフィアちゃんの姿が。


「ねぇ、いお。私――」


 夢の世界で発せられたその言葉を、私は覚えていない。けれど、握られた手の温もりは目覚めた後も覚えている。それに、私がその後に発した言葉も。


「私も好きよ、ソフィアちゃんの事」


 それは夢の中の出来事。だから、夢からめたら全てなかった事になる。その事を私は少し寂しいと思った。




エピローグ sweet dreams〈完〉

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