エピローグ

第21話(1) 夢の中で

 風呂から上がると、私は準備を整え洗面所を後にした。


 リビングにいたお母さんに顔だけのぞかせ風呂を出たむねを告げ、そのまま中には入らず自室へと向かう。


 扉の前で深呼吸を一つ。気持ちを整え、私はドアノブに手を掛けた。


 室内には、ルームウェアに身を包んだソフィアちゃんがいた。床に座り、テレビを見ている。


 普段はお目に掛かれない油断した格好の美少女というのは、その存在自体が罪だ。

 罪状は私の心を盗んだ事。とんだ大泥棒もいたものだ。


 ……一体、何を言っているんだ、私は。いけない。あまりに非現実的な光景に、思考がおかしな方向に行ってしまっていたようだ。落ち着け。落ち着け、私。目の前にいるのは美少女だけど、ソフィアちゃん。私のお友達だ。美少女だけど。


「お帰り」


 テレビに視線を向けたまま、ソフィアちゃんが私を出迎える。


「ただいま」


 なんとか平静を装い、私はそう挨拶あいさつを返した。


 ソフィアちゃんと私が今身を包んでいるのは、この前ショッピングモールで買った物だった。


 上はレースがえり袖口そでぐちに付いた半袖、下はすそにレースが付いた短パン。肩の辺りが丸みを帯びていたりパンツがフレア状に下に向かって広がっていたりと、全体的に可愛らしいデザインとなっている。


 ちなみに、デザインは同じながら、私とソフィアちゃんではルームウェアの色が異なる。

 私が白、ソフィアちゃんが薄いグリーン。どちらも派手な色合いではなかったため、私としては別にどちらでも良かったのだが、ソフィアちゃんが「いおには白が似合いそう」と言うので結果この組み合わせに落ち着いた。


「何突っ立ってるのよ」


 なかなか扉の所から動こうとしない私にしびれを切らしたのか、ソフィアちゃんがこちらにいぶかしげな視線を向けてくる。


「いや、なんか、そんなラフな格好のソフィアちゃんが私の部屋にいるのが新鮮で」

「何それ」


 あきれたようにそう言い放つと、ソフィアちゃんは視線を私からテレビに戻した。


 いつまでも出入り口付近にいても仕方ないので、室内に入り、ソフィアちゃんの隣に腰を下ろす。


「何見てたの?」


 座るやいなや、私は見ていたテレビの内容をソフィアちゃんに尋ねた。


「ペットが出てくるやつ」


 その言葉通り、テレビの画面には自宅で飼われている犬の様子が映されていた。走り回ったり寝転んだり、とにかく可愛かわいい。というか、可愛いが過ぎる。


「ねぇ、いおは猫と犬ならどっち派?」


 テレビに視線を向けたまま、ソフィアちゃんがそんな事を聞いてくる。


「うーん。どちらかと言うと猫かな? 自由きままで可愛いし」


 飼い主の思い通りにならなそうなところが逆にいいというか、時折見せる甘える様が普段のギャップと相まってなんとも言えない可愛いらしさを演出している。


「ソフィアちゃんは?」

「私は犬派。賢そうだし、しっぽ振って甘えてくる様子もなついてる感じがして好きだわ」


 確かに、ソフィアちゃんには大型犬が似合う。ゴールデンレトリーバーとか飼っていそう。勝手なイメージだけど。


「犬かー。小さい頃に吠えられた記憶があるから、大きな犬は苦手なんだよね、私」

「……」


 会話の途中で、ふいにソフィアちゃんが無言で私の事を見つめてくる。


「な、何?」


 至近距離に美少女の顔があった。


 あおきらめく二つの瞳に私の顔が映る。その瞳は色合いも相まって湖面のようで、下手をしたら吸い込まれるのではないかと思う程、ひどく透き通っていた。


「いおって――」


 瞳の魔力に体の自由を奪われながら、私はソフィアちゃんが発する言葉の続きを待つ。


「猫耳とか似合いそうよね」

「……は?」


 溜めに溜めた結果出た言葉がそれ? 大体、猫耳なんて物は、美人か美少女しか似合わないと相場が決まっているのだ。私のような者がやってもイタイだけ。ないない。世界が引っくり返っても有り得ない。


「もし買ってきたら付けてくれる?」

「絶対ムリ」

「そこをなんとか」

「ソフィアちゃんの頼みでもこれだけは無理だから」


 新たなトラウマを自ら作る気はさらさらない。


「くっ。思ったより意思は固いようね」

「当然」


 何が悲しくて、辱めに合うと分かっているのに、自ら進んでその状況に足を運ばねばならないというのだ。


「ま、無理いは良くないし、その内機会があったらって事で」

「そんな機会はありません」


 未来永劫えいごう金輪際こんりんざい。私の目が黒い内は。


「それはどうかしらね」


 などと言ってソフィアちゃんが不敵に笑うが、私は圧力には断固として屈しない。正義は我にあり、だ。

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