第20話(2) 出会い

 竜谷公園は公園という名前ではあるが、遊ぶスペースはほとんどと言っていい程ない。園内を散策したりのんびりベンチに座ったり、とにかくそういう場所だ。


「ここが……」


 公園の正面出入り口の前に立ち、ソフィアちゃんがそう言葉をこぼす。


 祭りが開催されていない時期に、ここを訪れるのは果たしていつぶりだろう? 二年前? 三年前? それか、もっと……? とまぁ、つまり、平常時はそれくらい訪れる事のない場所という事だ。


 ソフィアちゃんが中に向かって歩き出したので、私も後に続く。


「へー」


 珍しいのか思い出しているのか、辺りを見渡しながら、ソフィアちゃんがそんな声をいちいちあげる。


「あ、ここ覚えてる。この辺りで確か、いおが私に声を掛けてきたの」


 そこは道が左右に別れた、てい字路ならぬY字路と呼べる所だった。


「よく覚えてるね」


 言われても、私はこの場所が八年前にソフィアちゃんと話したあの場所だと確信を持てずにいた。


「あなた、急に右から現れたのよ」

「そう、だっけ?」

「そうなの」


 まぁ、ソフィアちゃんがそう言うならそうなのだろう。


『わー。きれい』


 突如頭に、一つの光景が浮かぶ。


 目の前には、母親らしき女性にしがみつく金髪碧眼の可愛らしい女の子。その顔は怯えているようだった。


『お人形さんみたい』


 頭上では大人達が何やら話しているが、幼い私はお構いなしだ。


『もしかして、お姫様?』

『ちがう、よ』


 観念したのかさすがにそれは見過ごせなかったのか、女の子が口を開く。


『声も可愛い。私、水瀬いお。あなたは?』

『ソフィア。早坂ソフィア』

『ソファちゃん?』


 幼い私は小さいイが上手く発音出来なかった。


『ソフィア』


 それに対し女の子は、訂正しようともう一度自分の名前を告げる。


『ソフア……じゃあ、ソーちゃんだ』

『えー』


 それが私とソフィアちゃんの出会いの記憶。それから少しお喋りをした後、私達は別れた。再会を約束しながら。


「そっか。ここが……」

「思い出した?」

「うん。なんとなく」


 まるで夢の内容を思い出すように曖昧あいまい模糊もことしたイメージながら、私の頭の中に確かに当時の記憶が自身のものとして思い浮かんでいた。


「ソーちゃん」

「……」


 私が当時の呼び方でそう呼ぶと、ソフィアちゃんはなんとも微妙な表情をその顔に浮かべた。


「ソーちゃん」


 それがおかしくて、あえてもう一度読んでみる。


「何よ。いおちゃん」


 不貞腐ふてくされたように、ソフィアちゃんが私の事を呼ぶ。


「――」


 ソフィアちゃんにちゃん付けで呼ばれるのは新鮮で、なんだか不思議な感覚に陥る。気恥ずかしいような、嬉しいような、懐かしいような……。ともかく悪い感じはしない。


「と、ところで、この公園って何があるの?」


 自分で言って照れたのか、ソフィアちゃんが慌てた様子で、私にそんな事を聞いてくる。


 そこを突っついても良かったが、これ以上は悪ふざけになり兼ねないので、質問に私は普通に答える事にした。


「大きな池と後は――」


 その時だった。ふいに、頭にある台詞がよぎる。


『ねぇ、知ってる? この公園には孔雀くじゃくがいるんだよ』


 それはおそらく、当時の私が言ったであろう言葉。うつむく女の子が喜ぶと思って告げた、とっておきの魔法の言葉。


 孔雀と聞いて興味を示さない子供はいない。当時の私は本気でそう思っていた。

 ……今なら分かる。さすがにそれは孔雀を買いかぶり過ぎだ。孔雀はそれ程、万能なワードではないのだ。


『孔雀?』


 しかし女の子は、私の目論見もくろみ通り顔を上げた。期待に瞳を輝かせながら。

 その事が私は嬉しくて、更に言葉を続ける。


『孔雀、見に行かない? 一緒に』


 私はそう言って女の子に手を差し出した。

 その手に女の子は――


「ねぇ、知ってる? この公園には孔雀がいるんだよ」

「え?」


 私の言葉に驚きの表情を浮かべるソフィアちゃん。


 それは単に唐突とうとつ過ぎる私の話に驚いたため浮かべた表情か、あるいは……。


「孔雀、見に行かない? 一緒に」


 あの時と同じように、私は目の前の女の子に向かって手を差し出す。

 その手にソフィアちゃんは――


「えぇ。喜んで」


 笑顔で自身の手を重ねてきた。

 手を取り、ソフィアちゃんを引っ張る。


「ちょっと!」


 突然歩き出した私に、つんのめりそうになったソフィアちゃんが抗議の声をあげる。


「こっちだよ」

「もう」


 ソフィアちゃんの手を引き、孔雀のいる鳥籠とりかごに向かって歩き出す。


 果たして、ソフィアちゃんは覚えているのだろうか。あの日交わした約束を。


『また二人で見に来ようね』


 それはもう帰るというソフィアちゃん達家族を、鳥籠から出入り口に送って行く途中で私が発した言葉。今日まで言葉こそ覚えていたが、場所は定かではなかった。しかし、ソフィアちゃんと一緒にここに来た事で、ようやく場所もはっきりと思い出した。


 八年越しにその約束が、こうして今叶おうとしている。


「ねぇ、いお。覚えてる? 私達昔――」




第三章 いつか交わした約束 <完>

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