第19話(2) アルバム

 家を出て少し歩くと、フェンスに囲われた二階建ての建物が見えてきた。

 切峰きりみね第一中学校――何を隠そう私の母校だ。


 壁の色はグレー風味。横の部分には二階部分だけモザイク柄の板(?)が張り付けられていてなんとなくお洒落だ。


「へー。ここがいおの母校なんだ」

「そう。結構綺麗でしょ」


 私が入学する数年前に建て替えられたので、建物もまだ新しい。


 同じ学校を卒業したお父さんいわく、校舎や体育館といった建物に限って言えば、当時の雰囲気は見る影もないらしい。そう言った時のお父さんの顔は少し寂しそうで、学校自体が無くならなくてもその姿が変わってしまったら、やはり思うところがあるんだなと子供ながらに思ったのを覚えている。

 いや、まだ子供なんだけど。


 周りをぐるりと回りながら、敷地の中を覗き見る。


 さすがに理由もなく入る事は出来ないので、今日はこうして遠くから眺めるだけだ。


「弓道場もあるのね」

「ね、中学では珍しいんじゃないかな」


 ウチの中学は文武両道を掲げており、学業の面でも部活の面でも市内トップクラスの成績を常に収めている。そのためか、部活動の種類も他校に比べて多く、他の中学にはない部活がいくつか存在している。弓道部もその内の一つだ。


「そういえば、いおはなんの部活だったの?」

「私? 私は陸上部」


 フェンス越しに見えるグラウンドでは、ちょうど陸上部の後輩達が一生懸命汗を流して練習に取り組んでいるところだった。中には見知った顔もちらほらいる。


 私が陸上部を選んだ理由は、団体競技が苦手という、ひどく後ろ向きなものだった。人と合わせる事が出来ないとまでは言わないが、疲れるのは確かで、部活でまでそれを味わいたくなかった。まぁ、個人競技だから団体行動が全くないかと言うと決してそうではないが、バレーやバスケに比べれば明らかに抑え目だ。


「種目は? 何をやってたの?」

「走り幅跳び」

「跳躍系か。なんかいおっぽいかも」

「どこがよ」


 ソフィアちゃんの適当な感想に、私は思わず苦笑をらす。


「うーん。一本一本集中して、自分のタイミングで跳ぶところ?」

「……」


 ソフィアちゃんの言葉に驚く。


 私が跳躍系の競技を選んだ理由が、まさにそれだったからだ。


 もちろん、跳躍系の競技にも制限時間はあり、本当に自分の好きなタイミングでべるわけではない。けれど、走る競技に比べればその自由度は全くと言っていい程違う。何せ向こうは、ピストルが撃たれたら嫌が応にも前に進まなければいけないのだから。


「最高記録はどれくらいだったの?」

「えーっと、四メートル……五十二だったかな」

「結構凄いじゃない」

「全然だよ。結局、県大会には一度も行けなかったし」


 地区大会の決勝まで行った事はある。けれど、所詮はそこ止まり。三年間頑張っても県大会には手が届かなかった。


「ソフィアちゃんは? なんの部活やってたの?」

「私も陸上」

「え? そうなの」


 思わぬところで、二人の接点が見つかった。


「ほら、私の場合いつ引っ越すか分からないから、団体競技はちょっと厳しいじゃない?」

「あー……」


 消去法という意味では私と同じ選び方だが、その理由は大分違った。ソファちゃんは選ばなかったのではなく、選べなかったのだ、団体競技を。


「種目は?」

「百メートル」

「へー。花形じゃん」


 競技に優劣は当然ないのだが、小中高では短距離がやはり格好良く見える。その中でも百メートルは、キングオブ短距離とも言える存在だ。


「最高記録は? どれくらい?」

「十二秒……七八? 確か、それくらいだったと思う」

「え……?」


 一瞬耳を疑った。


 十二秒七八? それって、相当速くない? 県大会はおろか、その次の大会でもそこそこのところまで進めるタイムだと思う、多分。


「なんでそれで部活入ってないの?」


 勿体もったいない。


「うーん。疲れちゃったのかな。転校転校で学校に慣れるのも大変なのに、その上部活も頑張って。中学の時は所属しないといけなかったから部活に入ってたけど、高校ではそうじゃないでしょ? だったら、別にいいかなって」


 そう言ってソフィアちゃんは、私に苦笑いを浮かべてみせた。


「ごめん。そうだよね」


 正直、考えが足りなかった。


 ソフィアちゃんにはソフィアちゃんの苦労や考えがあって今の選択をしているわけで、それを他人の私がどうこう言うものではなかったのかもしれない。


「ううん。そんな深刻な話じゃないし。それに、部活に入らない理由はもう一つあるから」

「え? それってどんな?」

「部活に入っちゃうと、いおと過ごす時間が減っちゃうでしょ?」

「……ソウダネ」


 真面目まじめに聞いて損した。


 いや、もしかして、私の気持ちを察して笑えない冗談を言ってくれたのかも。だとしたら、気を遣わせちゃったかな。


「何その反応」

「うん。大丈夫。次はどこ行こうか」

「ちょっと、いおー」


 こうしてソフィアちゃんの気遣いによって、一瞬暗くなりかけた空気はすっかり元の調子に戻ったのだった。

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