第19話(1) アルバム

 リビングで一通り会話を楽しんだ後(主に楽しんだのはお母さんだが)、私達はお母さんを一人その場に残し、二階へと移動した。


 階段を登ってすぐ、斜め右に見える扉。そこが私の部屋だった。


「どうぞ」


 扉を開け、ソフィアちゃんを先に通す。


「お邪魔します」


 玄関の時と同様、恐る恐るといった感じにソフィアちゃんが、私の部屋に足を踏み入れ、そして室内を見渡す。


 自室を見られるというのは、自身の趣味しゅみ趣向しゅこうのぞかれているようでどこか気恥ずかしい。


「なんか、いおの部屋って感じね」

「どういう意味よ」

「うーん。本が多くて地味?」

「悪口じゃん」


 いやまぁ、全く持ってその通りなので否定は出来ないのだが。


「違う違う。いい意味でよ」

「いい意味って……。地味にいい意味なんてないでしょ」


 地味というのは、華やかさも派手さもない、印象に残らないぼつ個性に使う言葉だ。


「じゃあ、素朴そぼく? とにかく、落ち着く感じよね、いおの部屋って」


 私の部屋は壁一面が本棚になっている以外は、いたって普通の部屋だ。ある物と言ったら、勉強机にベッド、箪笥たんすに押入れ、後は台に乗ったテレビと折りたたみ式の机くらいで、変わった物は何もなかった。


「荷物、ここに置いて」


 そう言って私は、ベッドの横を指し示す。


「うん。ありがとう」


 荷物を置くと、ソフィアちゃんが本格的に室内の探索を始める。中でも気になるのは、やはり本棚のようだ。


「漫画の方が多い?」

「小説は時間を掛けて読むし、どうしてもね」


 とはいえ、その差は微々びびたるものだ。六割四割かあるいはそこまで差が付かないくらいか。


「ジャンルは何が多いの?」

「どのジャンルが多いって事はないんじゃないかな。結構満遍まんべんなくあると思う」


 恋愛、ラブコメ、ファンタジー、ミステリー、その他諸々。漫画も小説も本当に雑多ざったに種類がバラけていた。まぁ、その中で強いて特徴をげるとすれば、ホラーが少ない事だろうか。苦手というよりは、そこまで好きになれないという方が近い。


「この前貸してもらった作者の本もあるのね」

「あー。でも、それはもう少し大人向けというか、この前とはテイストは違うかな」

「へー。そうなんだ」


 こちらの方は、主人公が大学生という事もあってか、綺麗な恋といった感じではない。まぁ、この前のやつも巻を重ねる毎に、その片鱗が徐々に見えてくるのだが……。


 ある程度本棚を眺めて満足したのか、ソフィアちゃんの興味は次の勉強机に移った。


「あ、これ」


 そう言ってソフィアちゃんが、勉強机の上に置かれたフォトフレームを手に取る。そこにはカップルコン直後の私達が写っていた。


 戸惑うドレス姿の私を、腕を組みホールドするスーツ姿のソフィアちゃん。準備されてられたものではない、その一瞬を切り取った唯一無二の写真。そのせいで私の顔はひどい事になっているが、それもまた思い出だ。


「へー」

「な、何?」


 意味ありげな声と視線に、私は動揺を隠せずにいた。


「この写真、気に入ってるんだ?」

「べ、別にいいでしょ。大体、ソフィアちゃんだって、部屋に飾ってるじゃない」


 まぁ、ソフィアちゃんの部屋に置かれているフォトフレームはデジタルの物で、文化祭で撮った写真が順番に流れるようになっており、それだけを飾っているわけではないが。


「悪いなんて一言も言ってないじゃない。ただ、気に入ってるかどうか確認しただけで」


 確かに、額面通りに言葉を受け取ればそうなる。しかし、言葉には表があれば裏がある。更にそこには、声や表情といった言葉以外の判断材料もあるわけで……。


「良かったわ」

「え?」


 突如発せられた予期せぬ台詞に、私は思わず驚く。


「いおの中でカップルコンが、いい思い出になったみたいで」


 そう言ったソフィアちゃんの声と表情は、先程までのふざけたものとは違い、優しくまた真剣なものだった。


 だから、私も――


「当たり前でしょ。二人でやった初めての共同作業なんだから」


 ふざけずちゃんとこたえる。


 実際にやる前はやりたくないという気持ちが強く気が重かったけど、終わってしまえばやって良かったという気持ちでいっぱいだ。そういう意味では、すすめてくれた松嶋さんや秋元さん、そして強引に話を進めてくれたソフィアちゃんにも感謝しなければ。


「あの、ソフィアちゃん、ありがとう」

「何が?」

「ソフィアちゃんが引っ張っていってくれたお陰で、文化祭ちゃんと楽しめたから」


 一人ならきっと、嫌々参加してなんとなく終わっていたと思う。そうならなかったのは、ソフィアちゃんがいてくれたから。ううん。もっと言えば、高校生活が楽しかったのもソフィアちゃんがいてくたからだ。そう考えると、ソフィアちゃんには感謝してもしきれない。


「どういたしまして。ま、でも、いおのためってわけじゃないけどね」

「私のためじゃない?」


 それは一体……?


「私がいおと一緒にホール係をしたいから、私がいおと一緒にカップルコンに出たいから、私がいおに自信を持ってもらいたいから。それが、私が文化祭に関して積極的だった理由。ね、全部私のためでしょ?」

「ん? うん?」


 そう、なのかな? まぁ、でも、本人がそう言っているなら、そうなのかも?


「あ、ねぇ、写真と言えば、いおの小さい頃の写真とかってないの?」


 この話題はこれでおしまいとばかりに、ソフィアちゃんがそう僅かに声を張り上げ言う。


「そりゃ、あるけど……」

「え? 見たい。見せて」

「いいけど、見ても別に面白くないよ」

「面白い面白くないとかじゃなくて、純粋に見たいの、いおの小さい頃の写真」

「仕方ないな……」


 そう言って、私は押し入れを開け、中からアルバムを取り出す。


「そんな所にあるんだ」


 アルバムなんて物はそうそう見返す事もないし、収納場所は押し入れぐらいがちょうどいい。現に私は、一度もアルバムを見返した事がない。まぁ、高校一年生だし、私のその行動が特別珍しいものというわけではないと思うが。


「ん」


 取り出したアルバムを、ソフィアちゃんに向けて差し出す。


「ありがとう」


 私からアルバムを受け取ると、ソフィアちゃんはそれを手にベッドに腰を下ろした。


 いきなり、ベッドか……。いや、別にいいんだけど。


「ほら、いおも」


 ソフィアちゃんがそう言い、自分の隣をぽんぽんと叩く。


「あ、うん……」


 仕方ない。あまり自分で見ても面白いものではないけど、一緒に見るか。


 私が隣に座ったのを見届けてから、ソフィアちゃんがアルバムの表紙を開く。


「うわぁ、可愛い」


 一ページ目にられた写真を見て、ソフィアちゃんが声をあげる。


 そこには生まれたばかりの物、初めて家に来た時の物、初めてお風呂に入った時の物、初めて座った時の物と、小さな記念日の写真がいくつも貼られていた。

 二ページ目以降もそんな調子で、五ページ目でようやく私が一歳の誕生日を迎えていた。


 ぱらぱらと一定のペースでページをめくっていたソフィアちゃんの手が、あるページでふいにその動きを止まる。


「この写真……」

「あぁ、花見のやつ?」


 そこにはお母さんに抱かれた私が、興味深そうに桜に向かって手を伸ばしているところが写っていた。


「……」

「どうかした?」


 珍しい物でもないし、そこまで気になる写真ではないと思うのだけど。


「ううん。なんでもない」


 よく分からないが、ソフィアちゃんなりに何か気になるポイントがあったのだろう。手を伸ばす私が可愛かったとか? ……違うか。

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