#3 好きと好き

「で、シールの件は一体どういう事なの?」


 昼休み。屋上前の階段に座るなり、ソフィアちゃんがそう話を切り出してきた。


 私はお弁当を準備しながら、それにこたえる。


「まずその前に、手紙の内容を当たりさわりのない感じで話すね」


 ここで必要な情報は三つ。手紙の差出人が、女子学生である事、授業中の私を見られる人物である事、カップルコンを見られる人物である事。


「あー。なるほど」


 今のだけで、ソフィアちゃんはピンと来たらしい。


「つまり、手紙を読む限り、差出人はクラスの女子生徒で、尚且なおかつ私達とは違う時間にメイド喫茶で働いていた六人以外の誰かという事になるわけね」


 そう。手紙の内容を鵜呑うのみにするなら、 一つ目の情報で女子生徒である事が確定し、二つ目の情報でクラスメイトである事が確定する。そして三つ目の情報で、私達と違う時間にメイド喫茶で働いていた人物は候補から除外される。なぜなら、カップルコンが行われている最中も我がクラスのメイド喫茶は絶賛営業中で、そのタイミングで働いているクラスメイトはカップルコンの様子を目にする事は出来ないからだ。


「その上で松嶋さんの、シールの持ち主の候補者を聞くと」

おのずと手紙の差出人が分かると」


 松嶋さんがシールの持ち主の候補者として挙げたのは、私、田辺さん、木野さん、桧山さんの四人。その中で木野さんと桧山さんは、カップコンがやっている時間にメイド喫茶で働いたから、結果、残る候補は田辺さん一人という事になる。


「まぁ、それも全てシールが今日提出したワークから落ちたという仮定と、シールの持ち主が手紙の差出人と同一人物であるという仮定が合ってればの話だけどね」


 そのどちらも、あくまでも仮定であり確証はない。だからこそ、私は松嶋さんにあんな事を言ったのだ。田辺さんの反応を見るために。


 まぁ、あの反応で、手紙の差出人が田辺さんに間違いなく決定したかというと、実のところそうではないのだが、少なくとも確定と言っていい状況にはなったと思う。


「それで、どうするの?」


 鞄から取り出した菓子パンをかじりながら、ソフィアちゃんがそんな風に聞いてくる。


「別にどうもしないよ」


 いただきますと手を合わせると私は、はしを手に取り、卵焼きを口に放り込んだ。


 うん。今日も美味おいしい。我が家の味だ。


「手紙にも特に何かして欲しいって書いてあったわけじゃないし、そういうのを求めてるわけじゃないんじゃないかな」


 実際、今回の件がなければ差出人は、候補が絞られるとはいえ不明のままだったわけだし、そう考えると差出人が確定したのはお互いにイレギュラーな事で、本来は知らなくていい情報だったのかもしれない。


「まぁ、いおがそう言うなら別にいいけど」


 というわけで、差出人不明の手紙の話はこれにて終了。必要以上に意識するのも当然無しだ。


「今回は本当のラブレターじゃなかったわけだけど、もし本物が届いたらいおはどうする?」

「どうするって……」


 正直、その時になってみないと分からない部分もあるけど……。


「どうもしないかな」

「どうして?」

「元々好きな人から届いたならともかく、そうじゃなかったら反応に困るだけだし」


 おそらく、こんな私を好きになってくれてうれしいと思う気持ちはあると思うが、だからと言って、その先があるかと言うとそれとこれは話が別というかなんというか……。


「ふーん」


 私の受け答えが面白いものではなかったのか、自分から聞いてきたにも関わらずソフィアちゃんの反応はかんばしくなかった。


「そういうソフィアちゃんはどうなの?」


 ソフィアちゃんの事だから、ラブレターを貰うなんて日常にちじょう茶飯事さはんじだろうから、なんとなく予想は付くけど一応聞いてみる。


「私? 私は、読んだはなからゴミ箱に捨ててるわ。いちいち反応してたら、それこそ体がいくつあっても足りないもの」


 まぁ、好きでもない人から貰ったラブレターを、いちいち取っておくのも妙な話だし、その行動はある意味正しいのだろう。

 そう考えると、読まずに捨てないだけでも十分良心的な行動に思える。


「でも、」


 とソフィアちゃんが言葉を続ける。


「いおから貰ったラブレターなら、きっと大事に取っておくわ」

「また、そんな事言って」

「そんな事?」


 本当に何を言っているのか分からないという風な表情で、ソフィアちゃんが私の事を見る。


 とぼけるの、うまいな。


「どうせ、私をからかって楽しんでるだけでしょ」

「嘘は言ってないわ」


 つまり、からかって楽しんでいるのは本当という事か。余計にたちが悪い。


「なんなら、直接言ってくれてもいいのよ」

「……」


 どうせ私は反撃出来ないと思って、たかくくっているな。よし。


「ソフィアちゃん」

「ん?」

「好きだよ」


 それは、照れやふざけのない、純度百パーセントの好きだった。


「……」


 まさかの無反応。


「うそ! 自分で振っておいて、その反応はさすがにダメでしょ。せめて乗っかるとか、そっちで処理してくれなきゃ」


 まさに、完全なやり損だ。


「いや、まさか本当にやるとは……」

「うっ」


 その上追い打ちを掛けてくるとは、ソフィアちゃんには人の心というものがないのだろうか。いや、ないのだろう。


「もう、知らない」


 急に恥ずかしくなった私は、一連の流れを誤魔化ごまかす意味も込めて、ぷいと勢いよくソフィアちゃんから顔をらした。


「ごめんごめん。私も好きだよ、いおの事」

「心がこもってない」

「えー」


 私の言葉に、ソフィアちゃんが苦笑交じりの笑みを浮かべる。


 こうして私達の昼休みは、時に真面目まじめに時ににぎややかに、おおむね楽しく過ぎ去っていくのだった。




挿話 好きという気持ち <完>

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