#2 剥がれたシール
『水瀬いおさんへ
突然のお手紙すみません。
私は水瀬さんと同じ学校に通う女子学生です。
水瀬さんの事はずっと前から気になっていたのですが、文化祭での活躍を目にしていても立ってもいられなくなり、こうして筆を取りました。
更に文化祭でのメイド姿とドレス姿。極めつけはあのダンス。その姿を
お友達になりたいなどという、だいそれた考えは毛頭ありません。ただ遠くから今まで通りお姿を見つめる事をお許しください。
水瀬いおを慕う者より』
手紙が届いて以降、特に変わった事は起きなかった。
平々凡々な日常が続き、私自身手紙の存在を忘れ掛けていた。
「水瀬さん、なんか疲れてる?」
今日も今日とて休み時間に、私の席までやってきた木野さんがふいにそんな事を私に言ってくる。
「そう?」
「うん。いつもより元気ないような」
「テスト近いから、夜遅くまで勉強してて。そのせいかも」
後五日もすれば期末テストが始まる。中間の結果はなんとか中の上といったところで、決して油断が出来るものではなかった。
ちなみに、中間テストのクラス順位は、松嶋さんが一位、秋元さんが二位、ソフィアちゃんが三位という結果だった。しかも、ソフィアちゃんは転校してきたばかりで、授業の進め方等にまだ慣れていない状況でのこの順位なので、まだ伸び代は十分にある。期末テストではクラス一位も夢ではない。
まぁ、当人はそんな事に
「えー。水瀬さん頭いいのに、徹夜までしてるの?」
「良くないし、良くても徹夜ぐらいするでしょ」
クラス十六位の人間を捕まえて、頭いいも何もないだろう。せめて一桁の人に言って欲しい。
「じゃあ、
桜は秋元さんの名前だ。秋元桜。容姿だけでなく、名前まで可愛いなんて反則だ。
「秋元さんは要領良さそうだしどうだろう?」
後、後ろに座る我が親友も。
「水瀬さん」
声と共に突如現れた人物に、私と木野さんの視線が向く。
「松嶋さん」
少し困ったような表情を浮かべ立つ、その人物の名を私は呼んだ。
「二人共、お話し中悪いんだけど、日本史のワークの提出期限が今日の昼休み始まるまでになってるんだよね……」
「え? あ」
慌てて机の中を探る。
あった。すっかり出したつもりになっていた。
「ごめんなさい」
謝罪の言葉を告げ、ワークを松嶋さんに渡す。
笑顔でそれを受け取る松嶋さん。
「期限までに出してくれればいいから。木野さんは?」
「え? あ、あー」
松嶋さんの言葉を受け、木野さんが慌てて自分の席に戻る。
あの感じ。やってないな、多分。
「まったく。じゃあ、私はこれで」
「うん。ありがとね」
返事代わりににこりと
今度は
良かった。私以外にも出していない人が複数いて。……って、そんな事で安心していたらダメだろ。提出物はしっかり出す。学校生活の基本中の基本だ。
「ダメじゃない、ちゃんと出さなくちゃ」
一連のやり取りを見ていたソフィアちゃんが、冗談めかしに私をそうたしなめる。
「やってはあったんだよ。ただ出すのを忘れちゃって」
「出さなきゃやってないのと同じじゃない」
「うっ」
確かにその通りだ。今度から気を付けよう。
「でも、ソフィアちゃん、いつの間に出したの?」
こう言ってはなんだが、学校にいる間は私とソフィアちゃんはほとんど一緒にいる。なのに、ソフィアちゃんが松嶋さんに何かを渡すところを私は見ていない。ホント、いつの間に渡したのだろう?
「昨日の朝早く」
「あぁ……」
通学手段が違う事もあり、私とソフィアちゃんの通学時間は違う。精々が十分程度だが、その間に渡したのだろう。
「というか、言ってくれれば良かったのに」
通学時間の関係で私にはソフィアちゃんの行動を把握出来ない時間があるが、逆はほぼないと言っていい。なら、ソフィアちゃんは私がワークを提出していない事に気付いていたのでは?
「母親じゃないんだから、そこまで面倒見れないわよ」
「ぶー」
正論だ。正論故に、なんだか悔しい。
「そんなんじゃ、期末テストが思いやられるわね」
「これとそれとは話が別でしょ」
「そうかしら? うっかりミスが致命的になる事もあるんじゃない?」
「……」
解答欄のズレ。問題の見落とし。軽率な判断。名前の書き忘れ。確かにうっかりミスが致命傷に繋がる事は十二分にある。気を付けなければ。
「水瀬さん」
三時間目が終わるや否や、松嶋さんが私の席にやってきた。
なんだろう? ワークに何か不備でもあったとか?
「ちょっと聞きたい事があって」
「何?」
聞きたい事という事は、少なくともワークの不備ではなさそうだ。それなら、一体?
「これなんだけど……」
そう言って松嶋さんが見せたのは、自分の手のひらに乗ったシールだった。
「え……?」
そのシールに、思わず私は前のめりになる。
なぜならそれは、あの手紙の入った封筒の封をするために貼られていたシールと全く同じ物だったから。
手紙に貼られたシールは、手紙の封をする時の
「これをどこで?」
もしかして、松嶋さんが手紙の差出人? だとしたら、手紙の内容とは矛盾はしていないけど……。
「ワークをあいうえお順に並べ替えようとしたら、これがいつの間にか私のスカートに落ちていて、多分ワークに付いてたのがその途中で取れたんだと思うんだけど……」
なるほど。つまり、このシールは松嶋さんの物ではなく、ウチのクラスの誰かの物っていう事か。
「見覚えがあるって事は、このシール水瀬さんのワークに付いてた物だったりする? だとしたら、ごめんね。剥がしちゃって」
「ううん。私のじゃなくて……。最近同じ物を見たから……」
「どこで? というか、誰の物だった?」
「あー。えーっと、忘れちゃった」
まさか、自分が
それに、誰からの物かはまだ私自身分かっていないのだ。
「そっか。ごめんね。邪魔しちゃって」
「?」
邪魔? 別に、特に何もしていなかったから、邪魔はされていないけど……。
「でも、大変だね。クラス全員に聞いて回るつもりなんでしょ?」
「ううん。ある程度該当しそうな人は絞れてるから」
「そうなの?」
どうやってだろう?
「私が女子の分を、田中君が男子の分をまずは集めてるから、今私の持ってるワークは女子の分しかないの。で、シールに気付いたタイミングっていうのが、今日回収した分を
「つまり、シールの持ち主は今日ワークを提出した女子の中にいるって事?」
「そういう事」
なるほど。それなら、確かに対象者は絞れそうだ。
「ちなみに、今日ワークを提出した女子は誰がいたの?」
「うーんと、水瀬さんに、田辺さん、木野さんに、桧山さん。その四人かな」
となると、仮にこのシールの持ち主が手紙の差出人だった場合、その人物は自ずと一人に絞られる。
「じゃあ、私はもう行くね」
「あ、松嶋さん。待って」
話は終わったとばかりにこの場を去ろうとした松嶋さんを、私は呼び止める。
「ん? どうかした?」
「もしかしたらなんだけど、そのシール、田辺さんの物かなって」
「ホント?」
「多分だけど、なんか見た気が……」
嘘だ。けど、違ったら違ったで勘違いだったと謝ればいい。それより、松嶋さんのこの後の行動の結果で、私の推測が正しいかどうかはっきりするだろう。
「ありがとう。早速聞いてみる」
「うん。お疲れ様」
私の元を去った松嶋さんは、案の定、次は田辺さんの元に向かい、何やら話をし始めた。
話の内容はここからでは聞こえないが、田辺さんがこちらに驚きの表情を向けたのを見て、私の推測は確信に変わる。
とりあえず、ただ見ているだけだと不審がられるかなと思い、手を振っておく。
それに対し田辺さんは、こちらに向かって頭を下げた。
「ねぇ」
声を掛けられ、後ろの席の方を向く。
「何?」
「今のやり取りどういう事?」
手紙の実物を見たソフィアちゃんは、あのシールが封筒に貼られていた物と同じ物である事に気付いたはず。それ故に、今のやり取りに違和感を覚えたのだろう。
「あぁ、手紙を出した人物が今ので分かったんだよ」
「どうして?」
ソフィアちゃんは手紙の内容を知らない。だから、今のやり取りだけでは、私が差出人に当たりを付けた理由が分からないのだ。
「うーん。その話はお昼休みにしようか」
「……分かった」
教室では誰が聞いているか分からない。内容や匿名な事も踏まえて、手紙の件はあまり大っぴらに話さない方がいいだろう。
それに、謎解きはランチと共にじっくり解説した方がきっと面白い。
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