#1 ラブレター?

 文化祭が終わり、私の学校生活にも多少の変化があった。


 まず人から視線を向けられる事が多くなった。


 今までもソフィアちゃんと一緒に行動している時は視線を感じてはいたのだが、それはあくまでもソフィアちゃんの附属品としての視線であり私個人に対する視線ではなかった。それが今は私個人に対して好意的な視線が向けられるようになり、そういう事に慣れていない私はむず痒い思いを日々感じている。 


 もう一つの変化は、ホール係をやった面々から話し掛けられるようになった事だ。


 その中でも木野きのさんは私によく話し掛けてくれて、休み時間も私達の席にいる機会が以前に比べて断然多くなった。


水瀬みなせさん、聞いてよー」

「どうしたの? 木野さん」


 二時限目と三時限目の間の休み時間の教室。


 私の席に両手を掛け中腰気味の姿勢でこちらを見る木野さんは、上目うわめづかいな事も相まって小動物的な可愛かわいさがあった。


 身長は二センチしか違わないのに、なんだろう、この可愛さは。雰囲気や体型のせい? 秋元あきもとさんのグループでマスコット的存在に扱われる理由が、この数秒のやり取りだけでも凄く分かってしまう。


「みんなが私の事ちっさいって言うんだよ。そんなに身長変わらないのに」

「それは……」


 まぁ、そう言いたくなる気持ちも分からなくない。実際の身長差は僅かなものでも、印象や雰囲気でそう見えてしまうのだろう。今の私がまさにそうだったように。


「別にイジメられてるわけじゃないんでしょ?」

「そうじゃないけどさー」


 秋元さんのグループははたから見る限り、皆仲良くやっているように思える。


 その時々で役割的なものがありイジられる事もあるだろうけど、誰か一人がその対象というわけではなく、皆が皆をイジってその場を上手く盛り上げている感じだ。実際、今も桧山ひやまさんと高城たかしろさんが藤堂とうどうさんをイジって、何やら楽しげに会話をしている。


 ちなみに、グループと言っても五人が常に一緒にいるわけではない。木野さんはここにいるし、秋元さんは別の場所で松嶋まつしまさんと話をしている。あの二人は存外仲が良いようだ。


「木野さん可愛いから、ついついからかいたくなっちゃうのよ」

「可愛い? 私が?」


 私の言葉に、木野さんが驚いた様子を見せる。


 どっからどう見ても木野さんは可愛いと思うのだが。自分の事は自分では分かりづらいという事だろうか。


「うん。なんだか、女の子って感じ」

「女の子……」


 木野さんが私の言葉を、み締めるように反芻はんすうする。


「水瀬さんにそう言われると、なんか自信付くな」

「そう?」


 ソフィアちゃんならともかく、私に対してそんな事を言ってくれるなんて。木野さん、いい子過ぎない?


「うん。ありがとう。また来るねー」


 言うが早いか、木野さんは勢いよく立ち上がると、三人の元へ文字通り突っ込んでいった。


 その様子を私は、なんともなしに眺める。


 あ、木野さんが藤堂さんの背中に突貫し――怒られた。とはいえ、怒っている方も怒られている方も楽しそうだ。仲いいな、本当。


「いおって、木野さんと話す時お姉さんみたいになるわよね」


 木野さんがいる間、気配を消すようにして影をひそめていたソフィアちゃんが、ふいにそんな事を言う。


「え? お姉さん?」


 なんだそれは。初めて言われたんだけど。


 中学時代はどちらかと言うと頼りないイメージが強く、逆に仲間内では妹のように扱われる事が多かった。まぁ、途中からはそれが自分の役割だと認識し、あえてその役割に甘んじていた節もなくはなかったのだが。


「なんて言うか、木野さんに対するいおの態度が他の人と違うっていうか、優しく見守ってる感じ?」

「……」


 言われてみれば、確かにその通りかもしれない。


 木野さんの性格や雰囲気に加え、彼女がなぜか私の事をしたってくれている事も相まって、自然とその対応は優しいものになっていた。


「仲が良さそうでけちゃうわね」

「もう。ソフィアちゃんがそういう事言うから、いおソフィなんて言葉が生まれちゃうんだよ」


 その言葉の存在は文化祭前から知っていたが、文化祭を期に更にその認知度が上がったような気がする。


 誰だ、そんな言葉を最初に言い出したやつは。


「別にいいじゃない、言わせておけば。それだけ注目されてるって事なんだから、むしろ喜ばなくちゃ」

「喜ぶのはさすがに違うんじゃ……」


 とはいえ、実害らしい実害は今のところないので、当面は静観を決め込む他ないのもまた事実。いやー、恋愛と無縁で良かった良かった。……良かったのか?




 ――なんて事を思っていたのだが……。


 放課後。くつき替えようと下駄箱を開けたところ、見慣れない物がその中にあった。


 白い封筒。これはいわゆる――


「ラブレター?」

「!」


 声に驚き背後を振り返ると、ソフィアちゃんが私の肩越しに下駄箱の中をのぞき込んでいた。


 綺麗きれいな顔面がそれこそ目と鼻の先にあり、瞬間ドキっとする。


 と、それはそれとして――


「ら、ら、ら……」

「ラララ?」


 私の声にならない言葉に、ソフィアちゃんが首をかしげる。


「いや、違くて。ラブレター!?」

「いお、声が大きい」

「んっ」


 言われ、慌てて自分の口を押える。


 こんな事を自ら周りに広めてどうするんだ。あまりに有り得ない状況に動揺して、自らの首を絞めるところだった。危ない危ない。


「でも、なんで?」


 私なんかの所にこんなものが……。


「そりゃ、文化祭でいおの魅力に気付いた人がいたんじゃない。いお、目立ってたもんね」


 誰のせいだ、誰の。

 ……って、そうじゃなくて。うそ? ホントに?


「とりあえず、動くわよ。下駄箱の前でじっとしてたら、不審がられるから」

「え? あ、うん」


 封筒をかばんの外ポケットに入れると、私は靴を履き替え、ソフィアちゃんと一緒に昇降口を後にした。


「中見ないの?」


 校門に向けて歩く私に、ソフィアちゃんがそう声を掛けてくる。


「こんな所じゃ開けれないよ」

「放課後どこどこで待ってます、とかだったらどうする?」

「……」


 そんなの放課後の下駄箱に入れるなと思わないでもないが、確かにその可能性はなくはない。まぁ、実際にそうだとして、その場所に私が行く事はないと思うが。


「ん」


 私の心情を読み取ったのか、ソフィアちゃんが顔の動きで樹木の方を示す。


 あそこで読めとそういう事だろう。


 ソフィアちゃんを船頭せんどうに、私達は樹木の方に向かって歩き、その裏側に回った。


 一段高くなっている所に腰を下ろすと、私は鞄の外ポケットから先程の封筒を引っ張り出す。


 裏返してみるが、差出人の名前はおろか宛先も書いていない。


 もしかして入れ間違い? というか、その可能性の方が高いか。私なんかにラブレターが届くはずないよね。あはは。


 シールの下の部分をがし封筒を開け、中から便箋びんせんを取り出す。


 封筒同様、白い便箋の一行目にはこう書かれていた。


『水瀬いおさんへ』


「……」


 入れ間違いの可能性はこれで消えた。


 それにしても、この字……。


 便箋に書かれた文字はとても綺麗でやわらかく、想像していた文字とは程遠かった。もっとこう汚いとまでは行かなくても、少し強いというかなんというか……とにかく違う物を想像していた。


 とりあえず、続きを読む。


 これは……。


 手紙を読み終えた私は、便箋を折り封筒に戻す。


「どうだった?」


 私が手紙を読んでいる間、ずっと正面を見ていたソフィアちゃんが、気配で気付いたのかようやくこちらを向く。


「うん。これはラブレターであってラブレターでないやつかな」

「何それ」

「愛の形はそれぞれって事だよ」

「?」


 訳が分からないといった表情のソフィアちゃんに、私は微笑ほほえむ。


 手紙の中には私への愛があふれていた。そういう意味ではこれはラブレターだ。しかし、その内容はどちらかと言うと、同性のアイドルに送るファンレターに近い物だった。ラブレターであってラブレターではないというのは、つまりそういう意味だ。


「ただこの手紙……」


 ただこの手紙には一つ問題がある。内容にではない。もっと根本的なところにだ。


 封筒を裏返す。


 そこにはやはり、何も書かれていなかった。手紙に本来あるべきものがどこにも。もちろん、中の便箋にも。


「何よ」


 勿体もったいつけた物言いをする私に、ソフィアちゃんがじれたような声をあげる。


「差出人の名前がどこにも書いてないんだよね」

「え?」

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