第三章 いつか交わした約束
第15話 疑惑
「ただいまー」
誰にともなしそう言うと、
「お帰り。早かったのね」
帰る時間は大体この時間だというのに、お母さんはよくこの
特に深い意味はないのだろう。
「アンタたまには友達と遊んできたりしないの?」
ソファに座りテレビを見ているお母さんが、こちらを見もせずそんな事を言う。
「うるさいな。別にいいでしょ」
最近はソフィアちゃんと駅まで一緒に帰るようになったが、本当にそれだけで寄り道をする事はない。女子高生なら帰りがけにお茶したり遊びに行ったりするものなのかもしれないが、私の方からそれらに誘う勇気はなかった。もちろん、誘われればNOとは言わないが。
「というか、アンタ高校に友達いるの?」
ようやくこちらを見たかと思ったら、なんたる言い草。それが母親の言う言葉か。
「失礼な。いるよ」
一人だけど。
「この間だって、その子の家行ったって言ったでしょ」
そういう情報を与えておかないと本気で心配されてしまうので、可能な範囲で教えるようにはしている。
「ホントにー?」
「そんな事で
というか、そこを疑う親ってどうなの?
「だったらいいんだけど。ほら、中学の時はよく、遊びに行ったりウチに来たりしてたから」
確かに、中学の時はそうだった。友達と呼称しても差し支えのない女子はそれなりにいたし、実際に休みの日や帰宅後に会ったりもしていた。
ただそれは、私がそういうグループに参加していたという事に加え、家が徒歩または自転車圏内だった事が大きいだろう。電車移動となると時間も掛かるし、そう簡単には行き来が出来なくなる。
「文化祭も来るなって言うし」
「それは……」
単純にメイド姿とドレス姿を見られたくなかっただけだ。特に後者は、カップルコン全体の流れも相まって絶対見られたくない。
あんな姿親に見られたら、それこそ発狂ものである。
実のところ、データとして私のスマホには残ってしまっているので、いつその事を指摘されるか日々戦々恐々としている。
メイド姿は試着時のものと二日目の開始直前のものが、ドレス姿はカップルコン直後に松嶋さんと秋元さんが体育館裏で出待ちをしておりその時のものが、それぞれラインで秋元さんによって送られてきていた。ちなみに、試着時のもの以外は、全てソフィアちゃんとのツーショットだ。
「今度、友達ウチに連れてきなさいよ」
「え? なんで?」
「なんでって。会いたいからに決まってるじゃない。写真とかないの?」
幸か不幸か、写真はスマホの中にある。
仕方ない。
「ん」
私は鞄からスマホを取り出すと、二人で映った自撮り写真を表示してお母さんに見せる。
「え? この子?
スマホの画面を見るなり、お母さんのテンションが分かりやすく上がる。
気持ちは分からないでもない。それ程ソフィアちゃんの容姿は、ずば抜けている。ソフィアちゃんが相手なら、その辺のアイドルは裸足で逃げ出し勝負にすらならないだろう。
「もしかして、ハーフ?」
「クォーター」
「へー」
タイミングを見計らい、スマホを鞄にしまう。
文化祭の写真について尋ねられたら、溜まったものじゃない。写真を連想するスマホは、早めにしまうに限る。
「写真見たらますます会いたくなったわ。ねぇ、いつにする?」
「知らないよ。向こうの都合もあるだろうし」
「じゃあ、聞いてみてよ」
まぁ、別にそれぐらいいか。
「分かった分かった。聞いておくから」
「絶対よ」
「はーい」
そう返事をすると、私は逃げるようにリビングを後にした。
ソフィアちゃんに聞くのは別にいい。ただ前のめりになったお母さんに、ソフィアちゃんを会わせるのには多少の抵抗がある。
変な事口走らなきゃいいけど……。
「別にいいわよ」
翌日の昼休み。食事が終わったタイミングで、ソフィアちゃんに我が家に来る件を切り出してみたところ、すぐさまそんな言葉が返ってきた。
「いいの?」
その物言いは非常にあっさりしたもので、断られるとは思っていなかったが、なんだか少し
いや、そういうのがしたかったわけではないから、別にいいんだけど。
「逆に断る理由がないじゃない。ウチには来てるのに、いおの家には行かないとか変でしょ?」
それもそうか。
「出来るだけ早い方がいいのかしら?」
「うーん。多分……」
お母さんのあの調子だと、そういう事になるだろう。張り切っていたし。あまり遅いと、なんだか急かされそうだ。
「というか、もう夏休みなのよね」
何もない
「確かに」
それに釣られて、私も同じ方向に視線をやる。
来週の火曜日が終業式なので、一週間もしたらもう夏休みが始まってしまう。
ここまで来ると、一学期があっという間に過ぎ去った気がする。
実際、ソフィアちゃんが来る以前の記憶はほとんどないので、私の体感では一学期はふた月あまりなのだが、それにしても早い。楽しい事は過ぎるのが早いというが、まさにその通りだ。
「じゃあさ、泊まりに来る?」
長期休暇という事で、私は思い切ってそんな提案をしてみる。
ダメ元。断られたら断られた時、そういう心持ちだ。どうせ、言うだけはタダだし。
「いい、わよ……」
言葉と言葉の間に変な間のようなものこそあったが、私の申し出に対しソフィアちゃんはそう即答してきた。
「え? いいの?」
「なんで聞いた方が驚いてるのよ」
それはその、予想外に事が
もちろん、上手く行くに越した事はないのだが、想定より上手く行くとそれはそれで妙な気分になる。苦労したいわけではないが、一定の苦労がないと戸惑ってしまう。我ながら
「大体、泊まりに誘ったの私が先だからね」
「あー」
そういえば、そうだった。文化祭の終わりに誘われたんだった。結局実現はしなかったので、すっかり忘れていた。
というか、その後の手料理のインパクトのせいで、前後の記憶が正直曖昧になっている。
それくらいソフィアちゃんの手料理は実際の味もさることながら、彼女が作ってくれたという事実がスパイスになり、私の胃袋ばかりか大脳神経までも刺激し、強烈なイメージを私に植え付けたのだった。
「たく。予定決まったら早めに教えなさいよ。こっちにだって、その、準備があるんだから」
そう言ってソフィアちゃんが、ふんっと顔を
「うん。それはもう」
決まり次第すぐにでも。
それにしても、ソフィアちゃんがウチに泊まりに来るなんて、これは凄いイベントだ。
……そういえば、これは
「あ、私の家、庶民なのでそのつもりで」
「庶民って何よ。ていうか、私をなんだと思ってるの」
私としてはただの情報伝達のつもりだったのだが、ソフィアちゃんにはそれが気に食わなかったらしい。本当に他意はなかったんだけどなぁ。
「ソ、ソフィアちゃんの事だから、一般的な一軒家に足を踏み入れた経験なんてないんじゃないかなと思って」
「失礼な。見た事はあるわよ。テレビや本で」
「それは……」
つまり、入った事はないという意味では?
「う、うるさいわね。あれでしょ。狭いお風呂に一緒に入ったり狭いベッドで一緒に寝たりするんでしょ。知ってるわよ」
「え? あ、うん。そうする事もあるかな」
というか、ソフィアちゃんはそういう事がしたいのだろうか? 気になる。気になるけど、直接聞くのもなんだしな……。
「何よ」
「ううん。なんでもない。楽しみだね、お泊り」
「えぇ、そうね」
ソフィアちゃんの様子が、先程からどことなくそわそわしているように見えるのは、多分私の気のせいではないだろう。
もしかしたら、ソフィアちゃんも緊張もしくは期待をしているのかもしれない。
後者の要素が強いといいな。
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