第14話(3) 会場の主役

 文化祭の後片付けも終わり、校庭の中央ではキャンプファイヤーが行われるようとしていた。


 私達はその様子を、校庭の隅に座りぼんやりと眺めていた。


 先程からいくつもの視線を感じる気がするが、多分私の気のせいではないだろう。

 カップルコンで目立ってしまった私達は、今や学校中の注目の的だ。実際に見ていない生徒にも噂として伝わっているようで、私達の事を知らない者は最早もはやこの学校にいないのではないかと思える程の注目ぶりだった。


「まぁ、もうすぐ期末テストだしそれまでの辛抱ね」


 確かに、ソフィアちゃんの言うように再来週には期末テストが控えているので、そこまで耐えてしまえばさすがに期末テスト明けにはみんな冷静になってくれている事だろう。


 ちなみに、あの後私達は見事一年生の部で満場一致の優勝を果たし、賞状も貰った。ソフィアちゃんはあれだけ盛り上がってこの程度とボヤいていたが、私としては形に残る物が貰えて大満足だった。


 ふと視線を向けると、ソフィアちゃんが意味ありげな笑みを浮かべてこちらを見ていた。


「何?」

「少しは自信付いた?」


 今回のソフィアちゃんのらしからぬ言動は、全てそれが目的だったのだろう。つまりは、私に自信を付けさせるための荒療治。大体、おかしいと思ったのだ。ホール係はともかくカップルコンにまで乗り気だなんて。


「急に私の事可愛い可愛いって言うから、変だと思った」

「いおが可愛いのは事実じゃない」

「ほら、また」


 さすがの私でも、タネが割れたマジックに引っ掛かる程マヌケではない。


「まぁ、意図的に多く言ってたのは事実だけど、私が思ってもないのにこういう事口にすると思う?」

「それは……」


 確かにしなさそうだが……。


「ま、その内嫌でも思い知る事になるでしょ」

「何それ。怖い」

「別に、断る理由に私使ってもいいわよ」

「それってどういう……?」

「さぁー」


 そう言うとソフィアちゃんは、にやりと笑った。


 校庭には徐々に人が集まり出し、いよいよ点火の瞬間を迎えようとしていた。


「それでは行きますよ。3、2、1、点火」


 実行委員長らしき男子生徒の掛け声に合わせ、キャンプファイヤーに火が点けられる。初めは少しずつ燃え移っていった火が、ある時を境に一気に燃え広がり、そして一つの大きな炎となった。


「綺麗……」


 思わず、そんな言葉が口を付いて出た。


「お店の売り上げ、結構良かったみたいね」

「え? あ、うん。ほぼ完売だって松嶋さんが言ってた。売り上げで準備費のマイナス分を補填ほてんしてもいいらしいから、文化祭前に渡した五百円もみんなに返ってくるって」


 衣装代があるため実際の収支は若干のマイナスらしいが、まぁ文化祭だしそこはあまり気にしなくてもいいだろう。


 キャンプファイヤーの周りにはいつの間にか大勢の人が集まり、フォークダンスが始まっていた。聞き慣れた軽やかな音楽が、どこからか聞こえてくる。


「混ざる?」

「まさか」


 ソフィアちゃんの質問に、私は即答する。知らない人と手を合わせて踊るなんて、考えただけで恐ろしい。


「ソフィアちゃん、混ざりたいの?」

「まさか」


 私の問い掛けに対し、今度はソフィアちゃんが即答する。


「踊りはカップルコンのあれで十分よ」


 そう言うと、ソフィアちゃんはおもむろに座っていた階段から腰を上げた。


「あれ? トイレ?」

「何言ってるの、帰るのよ」

「え? もう?」

「見る物見たし、ここに用はもうないでしょ」

「それはまぁ、そうだけど……」


 もう少し、余韻よいんみたいなものにひたる時間があってもいいのではないだろうか。長い時間掛けて用意した文化祭が、これでお開きなんてあまりにも呆気ない。


「あなた、ここに残ろうとしたぐらいだから、まだ時間はあるのよね?」

「うん。まぁ……」


 さすがに最後まで残るつもりはなかったが、後一時間くらいなら残ってもいいと思っていた。


「じゃあ、ウチで打ち上げしない?」

「打ち上げ? ソフィアちゃんのおウチで?」


 全然想定していなかった申し出に、私は少し困惑をする。時刻も時刻だ。今からではそんなに長居も出来ないだろう。晩御飯の時間も近いし。


「今日ウチ両親いないんだけど……」


 そんな私の思考を読んだのか、ソフィアちゃんが僅かに頬を赤らめ、明後日の方向を見ながらそう口にする。


「え?」


 それって……。なんてね。異性が相手ならともかく、同性同士で言葉の裏も何もないだろう。


「なんなら晩御飯食べていけばいいし、泊まっていっても……」

「泊まるのはちょっと……」


 物理的な準備もそうだが、主に精神的な準備がまだ全然出来ていない。せめて三日くらい前に言ってくれないと……。


「そっか。でも、晩御飯は食べていきなさいよ。腕によりをかけるから」

「え? ソフィアちゃんが作るの?」

「何、その反応。私だって簡単な料理くらい出来るわよ」

「へー」


 そう言って立ち上がろうとした私の目の前に、白くて細い手が差し出される。


「私とご一緒して頂けませんか? お姫様」

「喜んで」


 その手を取り、立ち上がる。そして――


「「ぷっ」」


 二人で吹き出す。


「ソフィアちゃん、そのノリ気に入ってるの?」

「うーん。ぼちぼち?」

「でも私、お姫様って感じじゃないし」


 お姫様はどちらかと言うと、ソフィアちゃんの方だろう。金髪碧眼白肌美少女。いや、実は本当にお姫様なんじゃ……? お金持ちだし。


「じゃあ、お嬢様って呼ぶ事にするわね。メイド服も手に入った事だし」

「それこそソフィアちゃんの事じゃん」


 ちなみに、メイド服は藤堂さんと深山さんが持ち帰りを辞退した結果、残りの六人で一着ずつ持ち帰る事になった。カップルコンの衣装もあるため、今日は荷物が多い。というか、メイド服なんてどこで使うんだ? ハロウィンとか?


「とりあえず、荷物取りに行くわよ」


 ソフィアちゃんに手を引かれ、私は校舎に向かって歩き出す。


 始まる前は憂鬱だった文化祭は、終わってみればいい思い出となった。ホール係もカップルコンも今となっては楽しかった記憶しかない。これからもこうして思い出を一つずつ作っていけたらいいな。今手を引いてくれているソフィアちゃんの隣で。




第二章 私のお姫様 <完>

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