第14話(2) 会場の主役

 ソフィアちゃんに手を引かれ、舞台に上がる。


 舞台の隅には審査員の面々が座っており、中央付近には司会進行役の男子生徒が立っていた。


 真ん中に立つと、ようやく舞台下の光景に目をやる。


 体育館を埋め尽くす程のたくさんの人が、こちらを見ていた。その人達の瞳は大半が驚きと感嘆に満ちている。私の隣に立つ美少女に目を奪われているのだろう。その予想を肯定するように、どこからか「綺麗」という声も漏れ聞こえてきた。そう。私の友達は綺麗なのだ。


「一年四組代表、早川ソフィアさんと水瀬いおさんです」


 私達が紹介されただけで、大きな拍手が起きる。まさに拍手喝采かっさいといった感じだ。


「それでは早速、お互いの好きなところを発表してもらいたいと思います。じゃあ、早坂さんからお願いします」


 男子生徒の手によって、ソフィアちゃんの前にマイクが突き出される。


「全部です」


 その答えに、舞台下から「おー」という声が上がる。


 大した答えではない気もするのだが、文化祭の空気に当てられているのだろうか。


「おどおどした感じも好きだし、ところどころで見せる強気な感じも好き。自分より他人を優先しがちなところも好きだし、奥ゆかしいところも好き。だけど、自分に自信がないところは嫌い。可愛いのに自分を可愛くないと思ってて、いつまでもウジウジとしてるところも嫌い。いおは可愛い。それを証明するためにここに来ました」


 などと油断していたら、なんかいっぱい来た。


 ソフィアちゃんの言葉に、再び拍手が起こる。先程と同じかそれ以上の音だ。その音に混ざり指笛の音なんかも聞こえてきた。


 まるでお祭り騒ぎだ。いや実際、文化祭の真っ最中なのだが。


 恥ずかしい。今おそらく私の顔はでダコのように真っ赤に染まり上がっている事だろう。


 なんだこれは公開処刑か? 公開処刑なのか?


「ありがとうございます。では、お次は水瀬さん、お願いします」


 ソフィアちゃんの番が終わり、今度は私にマイクが向けられる。


「え? あの、ソフィアちゃんは綺麗で可愛くて、いい匂いがします」


 私の言葉に、会場がざわつく。


 今私、変な事言った? まだ当たり前な事しか言っていないと思うけど……。


「自分に自信があって、でも嫉妬しっとしちゃったりこちらの反応を探るような時もあったりして、そのギャップが溜まらなく可愛いですっ」


 私の発言が終わると、ぱらぱらと拍手が起きた。ソフィアちゃんと私の人気の差がこの辺りからも伺える。


「ありがとうございます。では、ここからはアピールタイムになります。お二人共準備をお願いします」


 そう言うと、男子生徒は舞台隅にはけていった。


 アピールタイムは最大三分。事前の申請は必要だが、基本的には何をやってもいい。歌。漫才。ダンス。お姫様だっこ。松嶋さんに尋ねたところ、その辺りが定番らしい。


 定番という事は他の人と被る可能性が高いという事。ならばとソフィアちゃんが提案したのは、ダンスはダンスでもヒップホップ系ではなく比較的他の人がやらなさそうな……。


 ソフィアちゃんと舞台中央で向き合う。目と目が合う。真剣で真っ直ぐな瞳、そこに私が映っていた。


 アピールタイムのネタを仕込むのに使えた時間は、わずか三日。当然完全ではない。だけど、大丈夫。ソフィアちゃんが引っ張ってくれるから。


 ふいに音楽が鳴る。練習で何度も聞いた、外国の曲だ。


 ソフィアちゃんがうやうやしくお辞儀をして、私に左手を差し出してくる。


「私と踊って頂けますか? お姫様」

「喜んで」


 私は笑顔でそれに応え、自身の右手を彼女の左手に重ねる。


 お腹の辺りを密着させ、もう片方の手はソフィアちゃんの左肩に置く。一拍の後、呼吸を合わせて動き始める。動きの主導権をソフィアちゃんに預け、私はされるがまま彼女の動きに合わせる。意識せずとも足が、体が次の場所へ動く。


 リードされるとはこういう感覚なのか。まるでソフィアちゃんと重なり合っているような、なんとも言えない不思議な気持ちだ。


 足を引く。横に動く。体をらす。回る。


 今だけは周りの事など何も感じない。目に映るのはソフィアちゃんだけ。他には何も存在しない。この時間がずっと続けばいいのに……。


 しかし、終わりは唐突に訪れる。


 ソフィアちゃんの動きが止まり、肩甲骨の辺りをそっと押される。私は一度その場でくるりと回り、正面を向く。


 ここだけは一人でやらなければいけないので何度も練習した。最後の最後で失敗したら、目も当てられない。上手く決まって良かった。


 そして私達は、二人で舞台下に向かってお辞儀をする。


 一瞬の静寂。その後、地鳴りのような拍手が起こった。指笛も聞こえる。何やら声も聞こえるが、様々な音のせいで聞き取れなかった。雰囲気から称賛されているのだろうと勝手に思っておく。


 二人で目を合わせて微笑ほほえむ。言葉はいらなかった。


 私達が万雷の拍手に応えるためもう一度頭を下げると、その音は更に大きくなり体育館中を呑み込む程に広がった。


 今この瞬間、私達は確かに会場の主役だった。

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