第13話 二日目
二日目は朝からメイドだった。
朝からメイド。なんか響きがいいな。言葉の意味はよく分からないけど。
開始当初こそ人が少なかったが、一時間もすると徐々に人が増え始め、十二時前には見事満員御礼状態となった。
「これ、四番さん」
「三番テーブル、注文です」
「少々お待ちください」
皆自分の仕事に手一杯で、とてもじゃないが人のフォローに入れるような状況ではなかった。なので私も、自分の仕事は自分でこなさなければならない。
「お待たせしました」
お皿とコップをそれぞれの前に置き、
「ごゆっくりお寛ぎください」
一礼の後その場を去る。
我ながら、今のはスムーズな仕事ぶりだったのではないだろうか。ちゃんと私も成長しているのだ。昨日までの私とは違う。さぁ、次の仕事どんとこい。
「すみませーん」
「はーい」
若い男性に呼ばれ、私は素早く声のしたテーブルに向かう。
そのテーブルには若い、大学生くらいの二人組の男性が向かい合って座っていた。片方はチャラそう、もう片方はなんというか普通だった。
一見すると接点がなさそうだけど、どういう経緯で友達になったのだろう。謎だ。
まぁ、そんな事は大きなお世話だし、どうでもいいのだが。
「注文いいですか?」
「はい」
チャラ男の質問に、私は落ち着いた態度で返事をする。
「コーヒーとホットケーキ。お前は?」
「僕も同じので」
「畏まりました。少々お待ちください」
一礼をしその場を去――ろうとした私の手首を、ふいに誰かが
方向を変えようとしていた体が、それによって強制的に止められ、グッと急停止した。
「ねぇ、お姉さん、彼氏いるの?」
「はい?」
なんだこれ? ナンパ……? 私レベルなら、引っ掛かるとでも思っているのだろうか。でなければ、私に声を掛ける理由がとてもじゃないが思い当たらない。
「離してください」
言葉と共に手を強く振る。しかし、チャラ男の手は離れなかった。
「えー。いいじゃん。少しお話しようよ」
「おい。止めとけって。高校の文化祭だぞ」
さすがに
「ごめんね。こいつ、祭りの雰囲気に飲まれちゃって」
「はー」
「じゃあ、さっきの質問だけ答えてよ」
困った。別に私としては質問に答えてもいいのだが、答えて他のホール係に迷惑が掛かるのだけは避けたい。
「ねぇ、お姉さんってば」
その時だった。力強い
「ここ、そういう店じゃないんで」
ソフィアちゃんだった。振り返り見ると、その顔はひどく冷めていて、視線はまるで刃物のように鋭かった。
「おっ、お姉さん凄い美人じゃん。何、この子のお友達?」
チャラ男はそんなソフィアちゃんの様子にも屈せず、会話を続ける。
メンタル強いな。
「はぁー」
深い溜め息の後、ソフィアちゃんの手が私の肩に回され、そのまま彼女の方に力強く引き寄せられる。
「この子、私のなんで、チョッカイ掛けるの止めてもらっていいですか?」
「え?」
思わず声が
私の? それって、どういう……?
ソフィアちゃんの言葉に、チャラ男とフツメン、そして私の顔と動きが固まる。
「行くわよ」
「あ、うん」
ソフィアちゃんに手を引かれ、私はその場を
何事かと見つめる周りの目が痛い。
目立たないように目立たないようにとやってきたのに、結局違う意味で目立ってしまった。まぁ、これに関しては私が悪いわけではないが。
横目でちらりと見ると、二人組の元にはクラスの男子が向かっており、何やら会話を交わした後、二人組は席を立ちそそくさと教室を出て行ってしまった。
様子を見るに、別に怒ってはいなさそうだった。どちらかというと、バツが悪そうといった感じだろうか。
「大丈夫?」
ソフィアちゃんに連れられ、教室の隅に着いた途端、私の元に松嶋さんがやってきた。
「え? あ、うん。そこまでしつこかったわけでもないし」
「なら、いいんだけど」
そう言いつつも、松嶋さんの顔はまだどこか心配そうだった。
「これ、二番さん」
その背中にカウンターから声が掛かる。
「はーい。……無理しないでね」
私にそう言い残し、松嶋さんはカウンターに向かった。
「ホントに大丈夫?」
「うん。平気」
というか、アレぐらい本来なら、一人でなんとかしなければいけなかったのだが、私がもたついていたせいでソフィアちゃんの手を
「ありがとう、ソフィアちゃん。仕事戻ろ?」
「いおって意外とタフなのね」
「タフ?」
精神的にという事だろうか。まぁ、ナンパといっても軽めのやつだったし、こういう場だからいざとなれば誰か助けてくれるだろうという打算もあった。おそらく、一人でいる時に外で声を掛けられていたら、また反応は違っただろう。
「後、ソフィアちゃん」
「ん?」
「そろそろ、手を離してもらえたらありがたいんだけど……」
先程からずっとソフィアちゃんの手は私の手を握りっぱなしで、嫌ではないのだが人の目もあるし、さすがに恥ずかしくなってくる。
「あ、ごめん」
そう言って、ソフィアちゃんが慌てて手を離す。
「……」
「……」
そのまま私とソフィアちゃんは、なぜか黙って俯き合ってしまう。
二人の間に変な空気が流れる。
「すみませーん」
そこにふいに、若い女性の声が聞こえてきた。
「はーい」
私はこれ幸いとばかりに、声のした方に急いで向かう。
テーブルには若い女性が一人で座っていた。
「注文お願いします」
「はい」
変なアクシデントはあったが、後一時間与えられた仕事をしっかりやろう。そうすれば、私も少しはみんなの役に立てるのだから。
「ふー」
メイド服から開放された私の口から、自然と息が漏れる。
まぁ、後一時間半もすれば今度は違う衣装に身を包まなければいけないのだが、今はこの解放感を十二分に味わおう。
「どこ行く?」
隣に立ったソフィアちゃんが、そう私に声を掛けてきた。
「まずは昼ご飯だよね」
「ウチのクラス行く? 売り上げにも貢献出来るし」
「でも、気まずくならない?」
「食べるだけだし、長居するわけじゃないから大丈夫でしょ」
「まぁ、そうか……」
というわけで、昼食はウチのクラスで取る事になった。
更衣室代わりの空き教室から教室へ。今来た道を逆戻りする。
人気のない廊下から階段を下ると、急にざわめきが帰ってきた。日常から非日常に放り出された気分だ。
「この光景も、後数時間後には見れなくなっちゃうんだね」
「感傷に
「だって……」
「むしろ、本番はこれからでしょ」
「うっ」
その事は意図的に考えないようにしていたのに……。
大勢の観客がいる中で舞台に立つなんて、考えただけで胃が痛い。早く終わって欲しいと思う反面、一生その時が訪れなければいいのにとも思う。
「大丈夫。本番は私がリードしてあげるから。あなたはただ、私の指示通りに動けば何も問題ないし優勝間違いなしよ」
「いや、うん、頼りにしてる」
一瞬、優勝なんてと否定しようと思ったが、どうせ怒られるだけなので、寸でのところでそれを
クラスの前に着くと、私達は列に並んだ。
並んだ時点で前には五組のお客さんがいて、前に進むより先に私達の後ろにも新たなお客さんが続々と並ぶ。
私達がいなくなった後も、お店は繁盛しているようだ。良かった。良かった。
二十分程して私達の番がやってきた。
「お帰りなさいませ。空いてるお席にどうぞ」
藤堂さんに出迎えられた私達は、彼女に言われた通り、自分達で空いている席を見つけそこに座る。
「すみませーん」
メニューは見るまでもないため、座るなり手を上げ、店員を呼ぶ。
「はーい」
返事と共にやってきたのは木野さんだった。
「あ、水瀬さんに早坂さん。お帰りなさい。来てくれたんだ」
「一回ぐらいお客さんで来ておくのもいいかなって」
素っ気なくソフィアちゃんがそう言い放つ。
「そっか。ありがとう。ご注文はお決まりですか?」
ソフィアちゃんのその様子を特に気にする事なく、木野さんはそのまま仕事に移行した。
「ホットケーキとコーヒー」
「私も同じのを」
ソフィアちゃんの注文に私も乗っかる。
「畏まりました。少々お待ちください。お嬢様」
最後におちゃらけるようにウィンクすると、木野さんは一礼の後、どことなく楽しげな足取りでテーブルから去って行った。
「木野さん、可愛いよね」
その背中を見送りながら、私はそう呟くように言う。
「私はいおの方が可愛いと思うけど?」
振り向く。案の定、ソフィアちゃんの顔には笑みが浮かんでいた。
「またそうやってからかう」
「からかってなんてないわよ。私の主観の話をしてるだけ」
「主観……」
それは魔法の言葉。実際は事実と異なっていても主観といえば、とりあえずなんとかなったりならなかったりする、便利なようなそうでないような切り札的存在の言葉だ。
「ほら、アライグマとタヌキを比べた時、タヌキの方が可愛いって人いるでしょ? そんな感じよ」
「つまり、私はタヌキであると」
ミジンコとかじゃないだけまだマシか。動物だし哺乳類だし手と足付いているし。
「私がいいって言ってるんだから、それでいいじゃない。というか、私以外の感想っている?」
「おふ」
いきなり、どこぞの姫か神様みたいな事言い出したぞ、この人。まぁ確かに、ソフィアちゃんが白と言えば、カラスも白くなる雰囲気あるけど。
「飼えるものなら飼いたいわ」
「え?」
タヌキの話? それとも……。
「でも、法律で禁止されてるから、無理なのよね」
タヌキの話だよね?
「お待たせしました」
話の途中で木野さんがやってきたため、その話題はそこで終了となり、結局ソフィアちゃんが飼いたいものの正体は、分からず
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