第12話(2) 一日目

 ――なんて考えていた時期が私にもありました。


「はい。三番さん、ホットケーキ二個に、コーヒー二つ」


 飲食担当の田辺たなべさんによってカウンターに出されたそれらを、お盆に乗せ三番テーブルまで運ぶ。


「お、お待たせしました」


 不手際ふてぎわのないように細心の注意を払い、それぞれの前にお皿とコップを置く。


「ごゆっくりおくつろぎください」


 一礼をすると、私はそそくさとその場を離れる。


 我が組の出し物であるメイド喫茶は大繁盛だった。メイド服という服装に加え、それを噂の転校生が着ているという事もあり、先程からひっきりなしに人が来ていた。

 しかも、今日は学校関係者しかいない事もあり、客の回転率が早く、次から次へと仕事が飛び込み、正直私はてんてこ舞いだった。


 唯一の救いは、テーブルの片付けはクラスの男子が担当してくれている事だ。仕事が一つでも少なくなれば、その分余裕も出来る。


「すみませーん」


 手を上げ、店員を呼ぶ男子生徒の元に急いで駆け付ける。


「はい。なんでしょう?」


 私が注文を取りに来た事で、男子二人のテンションが若干下がった――ような気がする。私の被害妄想の可能性もあるが、もしかしたら実際にそうなのかもしれない。私だって客なら、他の女子に対応してもらいたい。


 注文をオーダー票にメモし、定型句と一礼の後、カウンターに向かう。


「お願いします」

「五番テーブルね。了解」


 オーダー票の上部にテーブル番号が書かれているため、言わなくてもそれが伝わるし、間違いも起きにくくなる。


 カウンター内には女子と男子が二人ずついて、それぞれが飲み物と食べ物を担当していた。飲み物はコーヒー(インスタント)にオレンジジュース、牛乳とコーラというラインナップ。食べ物は色々と考えた結果、ホットケーキ一択という事になった。


 四時を回るとようやく店内は落ち着きを見せ、それを見て私はほっと一息吐いた。


 先程までの忙しさは、遅いお昼とおやつの時間が重なったせいもあったのだろう。お客さんとして来たクラスメイトが、午前はここまで混んでいなかったと言っていたので、その可能性は高そうだ。


 もちろん、ソフィアちゃんがホール係をしていたというのも、午後の忙しさの一因の何割かはになっていたと思うが、それだけでは午後の忙しさの説明が付かないのもまた事実だった。


「いお」


 近付いてきたソフィアちゃんが、そう私に話しかけてくる。


「ソフィアちゃん」

「椅子座ってもいいって。もう後一時間もないから、二人でも回せそうって秋元さんが」


 ソフィアちゃんに言われ秋元さんの方を見ると、彼女はこちらの視線に気付き手を振ってきた。少し悩んだが、私もそれに小さく手を振りこたえる。


 という事で、お言葉に甘えて、二人で教室の隅に置かれた椅子に座らせてもらう。


「疲れたー」

「でも、結構上手くやれてたじゃない」

「そうかな……?」


 一生懸命やるのは当然として、それでも特に接客に関しては上手くやれた自信がない。気合一つでどうにかなる程、私の人見知りは生易なまやさしいものではないのだ。


はたから見てる限りでは問題なさそうだったし、いおの接客評判良さそうだったけど」

「評判って何?」


 わざわざ口に出される程の事はやっていないはずだけど……。


「たどたどしいのが可愛いって」

「あぅ」


 ソフィアちゃんの一言に精神的ダメージを受け、私は変な声と共に頭を抱える。


 それは喜んでもいいのだろうか。どちらかというと、馬鹿ばかにされている気もするのだが。


「馬鹿にしたニュアンスがあったら、私が伝えるはずないでしょ」


 顔を上げ、ソフィアちゃんの顔を見る。

 彼女の顔はいたって真面目まじめで、その表情はまるで怒っているようですらあった。


「うん。そうだね。ごめん」

「分かればいいのよ」


 そう言って、ソフィアちゃんの人差し指が私のデコを少し強めに押す。


「痛っ」


 本当は全く痛くなかったが、反射的にそう口にしてしまう。

 そして、痛くもないデコをでる。


「?」


 ふいに視線を感じ、そちらに目をやる。

 一瞬、秋元さんと目が合ったが、すぐにらされてしまった。うるさくし過ぎたのだろうか?


「どうかした?」

「ううん。なんでもない」


 こうして文化祭一日目は、つづがなく終了した。これは嵐の前の静けさでない事を祈るばかりだ。

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