第12話(1) 一日目

 文化祭当日。正直、私は憂鬱ゆううつだった。


 メイド喫茶のホール係もそうだが、何よりカップルコンの事を考えると本気で胃が痛い。まぁ、カップルコンは二日目の午後なので今日は関係ないのだが……。


「はー」


 溜め息を一つ。


 祭りの雰囲気にそぐわないのは重々承知だが、自分の意思とは関係なく自然と口から漏れ出てしまうので、こればかりはしょうがない。


 文化祭初日は生徒と教師、後は卒業生だけが見て回れる日となっている。なので、今日の方が構内にいる人の数は少ない。逆に言えば、二日目は一般公開されており、カップルコンも当然大勢の人の目にさらされるわけで……。


「ほら」


 突然目の前にリンゴあめが突き出される。


 驚いて横を向くと、隣を歩くソフィアちゃんが私の方に両手に一つずつ持ったそれの片方を差し出していた。


「先の事なんか考えてもしょうがないんだから、今を楽しみなさい」

「うん……」


 リンゴ飴を受け取り、それを口に運ぶ。


 甘い、というか甘ったるい味が口の中いっぱいに広がった。どこか懐かしい味だ。縁日=幼い日の記憶というイメージがあるからだろうか。そんなに頻繁ひんぱんに食べる物でもないし。


「というか、ソフィアちゃん、いつの間にこんなの買ったの?」

「いおがぼっとしてる間に」


 一緒にいたのに、全然気が付かなかった。


 それだけ私の気がそぞろだったという事だろう。折角ソフィアちゃんと文化祭を回っているのに気を付けなきゃ。


 クラスの仕事は、一日目は午後から二日目は逆に午後までとなっている。カップルコンと二日目の午後のホール係は時間がかち合うため、自然とこういう組み合わせになった。


 というわけで、私達の自由時間は実質今日の十三時まで。それまでにどれだけ回れるかが、文化祭を楽しむための鍵だ。


「あ、あそこだ」


 ソフィアちゃんが前方に見えてきた教室を見て、そう声を上げる。


 まず初めに私達が目指したのはお化け屋敷。文化祭の定番中の定番なので、ここは最低でも抑えておきたかった。


「結構ちゃんとしてるね」


 教室の外の装飾からすでに雰囲気が出ている。血糊ちのりの付いたカーテンやそこから飛び出した人形の手が、おどろおどろしさを上手く演出していた。


「ソフィアちゃん?」


 お化け屋敷を目の前にして、ソフィアちゃんが急に立ち止まる。


 その顔はどこか緊張しているようだった。


「もしかして怖いの苦手なの?」

「誰が。大体、高校の文化祭なんだから、怖いわけないでしょ」


 どうやら図星だったらしい。なんというか、可愛い。


「手繋いであげようか?」

「いらないわよ、そんなの」


 そう言うとソフィアちゃんは、ズンズンとお化け屋敷のある方に一人で進んで行ってしまう。


 分かりやすいな、もう。


「いお、何してるの。行くわよ」

「はーい」


 返事をし、ソフィアちゃんの元に向かう。


 列に二人で並び、順番が来るのを待つ。その間もソフィアちゃんはどこかそわそわしており、本当にこういうのが苦手なのが伝わってきた。


「苦手なら、無理に入らなくても良かったのに」

「興味があるの、どういうのか。定番だし」


 まぁ、気持ちは分からないでもない。奇抜なのもいいが、定番の出来もちゃんと見ておきたい。小細工こざいくなしの真っ向勝負。受けて立とうじゃないか。


 程なくして私達の番がやってきた。五百円を払い、カーテンを潜り中に入る。


 料金は一人三百円、二人なら五百円で百円お得、らしい。

 ちなみに、お金はリンゴ飴をおごってもらった事もあり、今回は私が払った。ギブ&テイクというやつだ。


 室内は薄暗く、また即席の壁で仕切られているため通路は狭かった。


 二人で並ぶと、自然肩と肩が触れ合う。

 これ、男女で来たら合法的にくっつけるから、両片想いや付き合いたてにはおすすめかも。


 お化け屋敷のコンセプトは洋館のようだ。絵が飾ってあったり調度品が置いてあったり、ぽさは出ていた。もちろん、どれも本物ではなく安物だろうけど。


 順路は教室を横に進み、突き当たったら左ないし右に曲がるという形だった。


 造りの関係上、おどかしポイントが予想出来てしまうのが玉にきずだが、文化祭だしこの広さではそれも仕方ないだろう。


 一発目の脅かしポイントは通路右側、本来なら教壇や黒板のあるスペースがカーテンで隠されているので――


「きゃ」


 思った通り、無数の手が出てきた。実際の人の手ではなく、人形の物だ。


 ちなみに、今の可愛い声は私のものではなく、隣にいるソフィアちゃんによるものである。


 ここで下手にコメントすると、面倒な事になりそうなので、声についてはこれからもノーコメントを貫こう。可愛いし。


 その後もいくつかの脅かしポイントがあったが、予想が立てやすかったという事もあり、私は多少ビクッとするところこそあれ声を出す事はなかった。ソフィアちゃんはまぁ、とにかく大変そうだったが。


 カーテンをくぐり、外に出る。


「面白かったね」

「そうね。まぁまぁだったわ」

「……」


 いつの間にかソフィアちゃんの腕が私の腕に絡んでおり、それは今も尚絶賛継続中なのだが、面白いので当人が気付くまでこのままにしておこう。




 色々な所を見て回り、気付くと時刻は十二時を回っていた。


 十二時五十分には教室に戻らないといけないので、昼食はどこかに入るのではなく、外に出ている屋台の物を買って食べる事にした。


 これもやはり定番という事で、昼食には焼きそばを選んだ。


 焼きそばの入ったパックと割り箸を受け取り、私達は二人で座れる所を探す。


 周りには私達と同じくどこかしらに座って昼食を取る人が多数いて、ベンチは当然のように空いていなかった。なので、樹木が植えられた一段高い場所に、私達は並んで腰を下ろす事にした。


「二時間くらいだったけど、結構回れたね」


 パックを開けながら、私はソフィアちゃんにそんな風に話を振る。


「まぁ、気になってた所は回れたし、良かったんじゃない」

「ふふ」

「何よ」


 思わず思い出し笑いをした私を、ソフィアちゃんがジト目で睨む。


「いや、今日はソフィアちゃんの意外な一面が、いっぱい見えたなって」


 お化け屋敷で怖がるソフィアちゃん。縁日でテンションが上がるソフィアちゃん。

占い結果に喜ぶソフィアちゃん。今日だけで色々なソフィアちゃんの姿を見る事が出来た。


「いおだってテンション上がってたじゃない」

「うん。だって、楽しかったんだもん」

「……そうね」


 素直に私が認めると思っていなかったのか、ソフィアちゃんがまるで梯子はしごを外されたような表情でそう呟くように言う。


「楽しんだ分働かなきゃね」

「嫌な事言うなー」


 折角忘れ掛けていたのに。


「何? まだ緊張してるの? 四時間なんてやりだしたらあっという間よ。あっという間」

「うぅ……」


 あっけらかんとそんな風に言い放つソフィアちゃんを、私は恨めしげに見つめる。


「そんなに嫌? ホール係」

「嫌とかじゃないけど……」


 緊張はするし逃げたいとも思う。それが嫌という感情とどう違うのかと聞かれたら答えに困るが、とにかく嫌ではない。気持ちが乗らないだけだ。


「いおはメイド服好きなんだっけ?」

「え? うん。見るのはね」


 あくまでも、人が着ているのを見るのが好きなのであって、着たいとは……思うけど、それを人に見せたいとは思わない。


「じゃあ、こう考えたらどう? ホール係をやれば、四時間メイド服を着たJKを見放題」

「!」


 それは目からうろこな発想だった。


 そうか。私が見られる事ばかり考えていたが、逆に私が見る事も出来るのか。


「どう? 少しはやる気出た」

「少しは」

「じゃあ、もう一つ朗報。その中の一人は、金髪碧眼の超絶美少女みたいよ」


 はっ。


 ソフィアちゃんの言葉に、思わず私はその当人を見る。


 確かに、こんな美少女にメイド服を着てもらい、それを長時間眺めてもいいなんて、ご褒美ほうび以外の何物でもない。ありがとう、秋元さん。私をホール係に指名してくれて。


「やる気出たみたいね」

「うん。私頑張るよ。頑張って、ソフィアちゃんの勇姿をこの目に焼き付けるよ」

「いや、頑張るのそこじゃない……。ま、いっか」


 私はどうせみんなの引き立て役なんだし、迷惑掛けない程度に仕事をこなして後は目の保養にいそしむとしよう。

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