第11話 コンテスト

 文化祭の準備はなんの問題もなく、順調に進んでいた。そう二日前までは……。


 衣装、内装、食器、常温で保存可能な飲食と、ほとんどの物がそろい、後は当日を迎えるだけとなっていたその日、事件は起きた。


 私が登校すると、教室はどこかお通夜のような様相だった。


 暗い雰囲気のクラスメイト達、不機嫌そうな顔の三好君と高橋さん。なんとなくだが、事情は分かったような気がする。ひそひそと内緒話をする生徒達の口からは、カップルコンや出場などの声も聞こえてきた。つまり、そういう事なのだろう。


 ソフィアちゃんと挨拶あいさつを交わし、自分の席に座る。


「これってもしかして?」


 大体の想像は付くが、一応ソフィアちゃんにこの状況についてたずねる。


「私もよく知らないけど、喧嘩けんかみたい。それもかなりヤバめの」

「あぁ……」


 やっぱり。


 カップルコンに出場予定の二人が、文化祭の前々日にいきなり大喧嘩。そりゃ、暗い雰囲気にもなるか。


 どの程度の喧嘩なのかは分からないが、最悪出場辞退、ウチのクラスからは誰もカップルコンに出場しないという事まで考えられるが、まぁそうなったらそうなったで仕方ないだろう。別に内申に響くわけでもないし、空気は多少悪くなるが、それも文化祭が始まってしまえば祭りの雰囲気でなんとかなるはずだ。


 用事かあるいはトイレにでも行っていたのか、秋元さんと松嶋さんが二人で一緒に教室に入ってきた。


 二人の視線がこちらを向く。そして秋元さんと別れ、松嶋さんがこちらにやってくる。


「水瀬さんと早坂さん、ちょっといい?」


 私達の前に立つと、松嶋さんがそんな風に声を掛けてきた。


「何?」


 ソフィアちゃんがそう返事をする。


「二人に話があるんだけど、少しだけ外に来てもらえるかな?」


 その言葉に、ソフィアちゃんと私は顔を見合わす。


 なんだろう?


 とはいえ、ここで固辞こじをしても話は進まないので言う通りにするしかないだろう。


 私達はお互いの顔を見たままうなずきき、椅子いすから立ち上がった。


「ありがとう。じゃあ、付いてきて」


 松嶋さんに連れられ、私達は教室を後にする。


 どこまで行くのだろう?


 疑問を抱きながら付いていくと、松嶋さんは廊下の隅で立ち止まった。

 当然、私達もそれに合わせて立ち止まる。


「単刀直入に言うね。二人、カップルコンに出てみない?」

「はい?」

「何それ」


 私とソフィアちゃんはそれぞれの言葉で、松嶋さんの口から発せられた突拍子とっぴょうしもない話に反応する。


「うん。そうだよね。急に言われても戸惑うよね。でも、他に適任者がいないの」


 松嶋さん自身今の状況に戸惑っているのか、顔を右手で押さえ、首を横に振った。


「あの二人は出ないって事?」


 私の気持ちを代弁するように、ソフィアちゃんがそう質問をする。


「多分難しいかな。そりゃ、あの二人が出れれば一番いいけど、結構激しめに言い合ったみたいで、別れるとこまでは行ってないらしいんだけど、カップルコンに出場するのは……」


 無理そうというわけか。


「そもそもカップルコンのエントリーって、そんな簡単に変えれるわけ?」

「一応規定では、文化祭の前日までに実行委員に言えば変更は可能性らしいの。多分、怪我とか病気を考慮しての規定だと思うけど。だから、エントリーの変更自体は明日までは可能よ」

「その規定には、男女での出場は明記されてないの?」


 続けざまに、ソフィアちゃんがそう尋ねる。


「カップルというくくりだから男女の出場が多いだけで、別に同性同士で出場してもいいんだって。過去には女子二人で出た事もあるらしいし」


 どうやら松嶋さんは、実行委員か教員にソフィアちゃんが聞いたような事はあらかじめ確認済のようだ。さすが松嶋さん、仕事が早い。


「そもそもなんで私達なの? 同性同士でもいいなら、候補は他にもいるでしょ? 秋元さんのとことか」


 確かに、ソフィアちゃんの言う通り、私達に白羽の矢が立った理由がよく分からない。見た目や仲の良さなら、それこそ秋元さんのグループの誰かでも良さそうだ。


「その辺りは秋元さんとも相談したんだけど、二人ならって……」


 松嶋さんの言葉は、全然答えになっていなかった。何が二人ならなのだろう? なぜ私達二人なのだろう?


「……」


 しかし、松嶋さんの返答に、ソフィアちゃんが口元に右手をやり、何やら考える素振りを見せる。


 もしかして、これは――


「少し考えさせてもらってもいいかしら?」

「もちろん。急な事だし。でも、出来れば明日のお昼までには返事が欲しいかな。実行委員の方に伝えないといけないから」

「分かったわ。いおもそれでいいわよね?」

「え? あ、うん……」


 ふいに降って湧いた話に頭が追い付かず、私はよく分からないまま頭を下に動かす。


「ありがとう。話はそれだけ。教室に戻りましょ?」


 松嶋さんにうながされ、私達は三人で教室に戻った。


 その間も私の頭の中では、今自分が置かれている状況を理解しようと必死に思考がフル回転していた。




 昼休みになり、二人でいつもの場所に向かう。

 関係がバレてからは別々に教室を出る意味もなくなり、こうして一緒に向かうようになった。


 階段の上と下に座り、鞄からそれぞれの昼食を取り出す。


「カップルコンどうする?」


 菓子パンをかじりながら、ソフィアちゃんがそう朝の話を切り出してきた。


 ちなみに、教室では周りの目もあったので、カップルコンについての話は一切していない。というか、私の中ではそんな事はなかった事になっていた。あれは夢あるいは幻覚。私がカップルコンに出場するなんてそれぐらい有り得ない事だった。


「いや、だって、カップルコンだよ。私達が出たら、普通におかしいでしょ」

「なんで? 規定では同性同士もOKなのよ」

「それは……」


 規定があり尚且なおかつ前例があるなら、同性同士を出ない理由にするのはまず諦めた方がいいだろう。とはいえ、他に思い付く理由といえば、私が私だからという自虐的なものか、私達カップルじゃないよねというそもそも論ぐらいで……。


「ソフィアちゃんは、その、出たいの?」


 どちらかというと、ソフィアちゃんは今回の件に乗り気なように見える。考えてみれば、ホール係の時もそうだった。


 彼女は目立ちたがり屋というわけではなさそうなのに、一体どうして?


「今まで私は色々な事を避けてきたわ」

「え?」


 急になんの話だろう?


「学校行事には最低限の参加しかせず、気持ちもどこかセーブして生きてきた。いついなくなってもいいように」

「ソフィアちゃん……」


 そうか。ソフィアちゃんは何度も転校を繰り返してきたから、心から学校行事を楽しんだ事がないのか。その瞬間を楽しめば楽しむ程、別れが辛くなるから。


「でも、いおとこうして話すようになって思ったの。終わりを意識してセーブするより、今を楽しまなきゃって」


 今の今まですっかり意識から抜け落ちていたが、高校でもソフィアちゃんはまだ転校する可能性があるのだ。それは半年後かもしれないし、一ヶ月後かもしれない。もしそうなった時に後悔しないように、私も一生懸命今を楽しまないと。


「分かった。ソフィアちゃんがいいなら、私出るよ、カップルコンに」


 意を決して、私はそう決意を口にする。


「いお……」

「例え笑われても、ソフィアちゃんと二人で舞台に立ったっていう思い出があればきっと――」

「何生温い事言ってるのよ」

「え?」


 ソフィアちゃんの突然の声色の変化に驚く。


 てっきり今は、私が頑張がんばって一歩を踏み出して、それをソフィアちゃんが優しく受け入れる流れだと思ったのだが、どうやら私の考えは甘かったようだ。


「出るからには優勝目指すに決まってるでしょ」


 優勝!? そんな無茶な。


「いや、ソフィアちゃんはともかく、私なんかじゃ……」

「なんか禁止!」

「はい!」


 強い口調で言われ、私は思わず背筋を伸ばす。


「いおは可愛い。それは私が保証してあげる。だから、自信を持ちなさい」


 そう言われても、はいそうですか、とはならないのが心情、人の心というものだ。

 それに、その、ソフィアちゃんはお友達だから、私の評価にそれ故の贔屓目のようなものが入っている可能性もある。


 もちろん、本当はそんな事思っておらず、私に自信を付けさせるために口からデマカセを言っている可能性もあるが、ソフィアちゃんの性格上それはあまり考えづらかった。なんとなくだが、もしそうだとしたら、彼女の場合もっと言い方にやる気のなさのようなものが生まれるそうな気がする。


 なんだかんだ言って、正直者なのだ、ソフィアちゃんは。


「今日衣装合わせするわよ」

「え? どこで?」

「ウチに決まってるでしょ?」


 別に決まってはないと思うんだけど……。


「幸い、私といおは体型あまり変わらないし、私の服なら全部着れるはず」

「そりゃ、物理的にはそうかもしれないけど……」


 服という物は、ただ着られればOKというものではない。その人に合う服でないと、服と人が反発し合って下手をすれば大惨事を引き起こし兼ねない。なので、その辺りは慎重に事を運ぶ必要がある。


「大丈夫。合う合わないは私が見て判断するから」


 うーん。ソフィアちゃんの判断を信用していないわけではないが、どうしても一抹の不安は残る。


「何? 私のセンスにケチ付けるわけ?」


 ジト目でにらまれたため、私はふるふると横に激しく首を振る。


「まぁ、いいわ。見てなさい。体育館中の視線を釘付けにするような服選んであげるんだから」


 こうなってしまったら、ソフィアちゃんを止める事は今の私には出来ない。

 となれば、後私に出来る事と言ったら、釘付けにされた視線が奇異なものではなく好意的なものであるように願う事くらいだ。

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