第9話(3) ホームルーム

 帰りのホームルームが終わり、教室がにわかに騒がしくなる。

 足早に教室を後にする人、友達と話す人、何か作業をしている人、そしてこちらを見て何やらひそひそ話に興じる人達。


「はー」


 五時限目のあれで完全に目立ってしまった。

 誰とも交流を持たなかった美人な転校生。それがいつも一人で読書をしている地味な私と交友関係があるなんて、周りからしてみたらいい話のタネだろう。


「いお」

「ひゃい!」


 背後から声を掛けられ、思わず変な声が出る。

 今まで教室で話し掛けてきた事なんてなかったので、本気で驚いた。


「何変な声出してるのよ」


 振り向き、声のした方を見る。そこには呆れ顔の美少女が立っていた。


「だって、急に話し掛けてくるから……」

「話し掛けるために名前を呼んだんじゃない」

「そうだけど……」


 そうだけどそうじゃない。場所の問題だ。


「まぁ、いいわ。一緒に帰りましょ」

「え? いきなりなんで?」


 今まで一度もそんな事した事なかったのに。


「どうせもうバレてるんだし、今更コソコソしても仕方ないでしょ」


 ソフィアちゃんの言いたい事は分かる。

 今までは私達の関係が明らかになっていなかったため、極力人前では話さないようにしていた。しかし、おおやけになってしまった今となっては、その理由は最早もはや存在しない。だったら、他の場所でも屋上前のように話しても、何も問題ないという事になる。理屈では確かにそうだ。だが……。


 今も私達の様子を何人かの生徒がうかがっている。

 気分はまるで、学園のプリンスに話し掛けられる一般ピーポーだ。少女漫画ではよくある光景だが、実際にその立場になるとやはり周りの目が気になる。


「ほら、行くわよ」


 言うが早いか、ソフィアちゃんが私を待つ事なく、とっとと出入口に向かって歩いて行ってしまう。


「わ」


 私はその後を慌てて追い掛ける。

 教室を出たところで追い付き、私はソフィアちゃんと並んで廊下を歩く。


「でも、意外だったな」

「何がよ」

「ソフィアちゃん、ホール係やりたかったんだね」

「はぁ?」


 キレられてしまった。


「違うの? 反抗しなかったから、てっきり乗り気なのかと……」


 結果は例え一緒でも、ソフィアちゃんの性格なら嫌な事は嫌とはっきり言うと思ったのだが。


「別に、私がやりたかったわけじゃないわよ」

「じゃあ、なんで?」

「……一緒にやるのもいいかなって」

「え?」

「あー。もう。いおにメイド服着せたかったの。それだけ」

「えー。何それ」


 私にメイド服を着せて、ソフィアちゃんにどんなメリットが?


「似合うと思うわよ。いおにメイド服」

「給仕顔だもんね、私」


 明らかに私の顔は、やとうより雇われる顔だ。そしてソフィアちゃんはその反対。あえて役を当てはめるなら、お嬢様とメイドという関係が私達にはぴったりだろう。


「私は好きよ」

「え?」

「そういう奥ゆかしいとこ」


 びっくりした、容姿の話かと思った。性格、性格の話だよね。あはは……。


「でも、過ぎた謙遜けんそんは時に人を不快にするわ」

「……」


 謙遜しているつもりは自分ではないのだが、ソフィアちゃんに私はどう見えているのだろう。


「秋元さんも言ってたでしょ。私達二人がホールを担当すれば目を引くって」

「それはそういう意味じゃ……」

「じゃあ、どういう意味よ」


 美人で尚且なおかつ目立つ容姿をしているソフィアちゃん、その横に立つ地味な私は引き立て役といったところか。可憐な花を飾る花瓶はシンプルな物の方がいい。その方が花の良さが際立つから。


「はぁー」

「!」


 これ見よがしに吐かれた溜め息に、私は体を震わす。

 どうやら、私は本格的にソフィアちゃんを怒らせてしまったようだ。とにかく謝らなければ。でも、なんて謝れば……。


「いい?」


 ソフィアちゃんが立ち止まったため、私も立ち止まる。


「自分が気に入ってる小説を悪く言われたら、あなたも腹が立つでしょ? 分かる? 今私はそんな気持ちよ」


 私に話をするその口調はまるで我が子か妹をさとすようで、とても厳しくまた優しかった。それを聞いて私は、自分が良くない事をした気分になり反省する。とはいえ――


「気に入ってる?」


 それとは別にソフィアちゃんの発した言葉に引っ掛かりを覚え、思わずその言葉を繰り返してしまう。


「……言葉のあやよ」

「言葉の綾……」

「あー、もう。とにかく、必要以上に自分を卑下ひげするのは禁止。分かった」

「うん……」


 まだ自分でもどこまでが謙遜や卑下に繋がるのかよく分かっていないが、そうしないように心にはとどめておこう。


「ふん。分かればいいのよ」


 わざとらしく鼻を鳴らしたかと思うと、ソフィアちゃんは私を置いてそそくさと階段の方へ向かって行ってしまう。


「あ、待ってよ、ソフィアちゃん」


 その後を私は慌てて追い掛ける。

 すぐさまソフィアちゃんの隣に再び並んだ私は、彼女の表情を見ようとその顔を横からそっと盗み見た。


 ソフィアちゃんの顔は表情こそ平静を保っていたが、ほおかすかに赤く、照れている事はまる分かりだった。


「うふふ」


 それを見て私は、思わず笑みをこぼす。


「何よ」

「ううん。なんでもない」

「……」


 私が笑ったからか単に恥ずかしかったからか、下駄箱を出るまでソフィアちゃんは口をいてくれなかった。

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