第10話(1) メイド服

 更に数日後。再び臨時のホームルームが開催された。

 議題はもちろん文化祭の出し物について。


 喫茶店の衣装はレンタルも購入も然程値段が変わらないらしく、購入する方向で話が進んだ。

 一着三千円程だという。全部で六着買うとの事なので、総額は一万八千円強。それだけでクラスに支給される準備費のおよそ九割に相当する。

 という事で、衣装はクラス全員のカンパによって購入される運びとなった。一人五百円で一万四千円。数千円の足は出るが、それぐらいは準備費でまかなえるだろう。


 ホットプレートは男子二人が家から持ってくるそうでお金は掛からず、食器に関しては使い捨ての物を使用するらしく二千円ちょっとで済むそうだ。飲食はどれだけ仕入れるかに寄るが、とりあえず百五十食分で計算したところ一万円くらいとの事。


 というわけで、内装に掛けられるお金はおよそ三千円。百均や段ボールを活用すればいけるだろうという話で一応はまとまった。


 ちなみに、前回決めそこねたカップルコンには、高橋さんと三好君の二人がエントリーする事になった。二人は本当のカップルで共に美形な方なので、三好君が立候補した時、誰からも異論は出なかった。


 とりあえず、準備をする上で決めなければいけない事はなんとか全て決まり、ようやく私達は文化祭に向けて動き出すのだった。




 準備は順調に進んでいった。

 と言っても、私はほとんど何もしておらず、内装を少し手伝った程度だ。


 何をどうしたらいいのかや実際の発注や買い出しのリストは、ほとんど秋元さんのグループがやってくれ、完全に私はおんぶにだっこ状態だった。


 そして、文化祭一週間前。衣装が届いた。

 極端に大きい人も小さい人もいなかったので、サイズは全てMらしい。


「じゃあ、行こうか」


 放課後。秋元さんを船頭にして、ホール係に選ばれた八人が試着のため、今は使われていない空き教室に移動する。秋元さんのグループの五人プラス松嶋さん、そして私とソフィアちゃんという面子めんつだ。


 松嶋さんは比較的誰とも仲良く話すタイプで、私にもたまに話し掛けてくれる事もある。なので、秋元さんのグループとも普通に仲がいい。


 六人が固まって歩く中、その後ろを私とソフィアちゃんは並んで歩く。


「なんか緊張するね」

「なんで?」

「だって、日頃着ない服だし、どんな感じになるか分からないじゃない」


 まぁ、ソフィアちゃんぐらいの美人さんなら、例えメイド服でも着こなすのだろうが、果たして私はどうなる事やら。


「大丈夫。絶対似合うから」


 そのソフィアちゃんの自信は、一体どこから来ているのだろう。謎だ。


「冗談抜きに、いおにはシックな色合いの服が似合うと思う」

「地味だから?」

「そうね」

「ひどっ」


 自分で言った事ながら、即答されるとそれはそれで傷付く。


「もちろん、いい意味でよ」

「いい意味で地味って何?」


 なんでもいい意味を付ければいいと思ってないか?


「派手なのが全ていいわけじゃないでしょ。ほら、日本にはびの心って言葉があるじゃない。それよ」

「それって……」


 どれ?


 よく分からないが、ソフィアちゃんがその場限りの誤魔化しの言葉を発しているわけではない事は、なんとなく伝わってくる。ならば、その言葉を今は信じよう。


 空き教室に着くと、前以て借りていた鍵で松嶋さんが扉を開ける。


 八人がぞろぞろと教室に入り、その途中、木野さんが持っていた段ボールを出入り口近くの机の上に置く。


「重かったー」

「大げさ」


 手を振る木野きのさんを秋元さんが笑う。


「そんな事言うなら、帰りは持ってよね」

「ジャンケンで負けたらね」


 秋元さんのグループはジャンケンで負けたら段ボールを持つという遊び(?)をしており、行きは木野さんが負けたのだった。


「誰から行く?」

「はい」


 木野さんが真っ先に立候補し、それに秋元さんを除く他の三人も続いた。


「じゃあ、四四で着替えよっか」


 衣装は六着あるが、ホール係は八人。半分ずつで着替えた方がバランスはいいか。


 四人が制服を脱ぎ、衣装に着替える。


 人の着替えをマジマジと見るものじゃないと思い、私はそこから視線をらした。


「おー。いいじゃん」


 秋元さんの言葉に、私はようやく前方を向く。そこにはメイド姿の女子が四人そろっていた。


 教室にメイドがいるという日常と非日常のマリアージュ。いや、マリアージュは違うか。とにかく、その異質感がヤバい。


 メイド服の種類はクラシカルタイプ。メイド服と言われて日本人が思い浮かべるのは、これかミニのどちらかだと思う。

 ミニが悪いというわけではないが、私はどちらかと言うとこちらの方が好きだ。メイドは本来給仕する者であるはずなので、ミニスカートでは着る方も主人も気が気じゃないだろう。それがいいという主人も中にはいるかもしれないが……。


「どんな感じ?」


 高城さんが秋元さんにそうたずねる。


「ちょっと待って」


 言いながら、秋元さんがスマホを取り出し、四人をまとめて撮影する。


「こんなん」


 そして、それを四人に見せる。


 秋元さんが差し出したスマホに四人が群がる。


「おー」

「いいじゃん」

「結構似合ってんね」

「こりゃ、優勝間違いなしだわ」


 木野さん、高城さん、藤堂とうどうさん、桧山ひやまさんがそれぞれ反応を見せる。


 元がいいからか、彼女達のメイド姿はとても見栄えが良かった。美人は得だ。大抵の物が似合ってしまう。それに比べて私は……。


「サイズは? 大丈夫そう?」

「問題なーし」

「同じく」

「かんぺき」

「左に同じー」


 どうやらサイズの方も大丈夫そうだ。着られたからと言って、服はそれでOKというわけではない。写真撮影のためのコスプレならともかく、服は動けてなんぼだ。


「なら、次私達ね。ほら、早く脱ぐ」

「えー。折角着たのにー」

「まだやる事残ってるんだから、こんなとこに時間掛けてらんないの」


 渋る木野さんを秋元さんが促し、四人が衣装を脱ぐ。


 そして、


「はい。水瀬さん」


 下着姿の木野さんから衣装が手渡される。


「ありがとう……」


 慣れない状況に戸惑いながらも、なんとかお礼の言葉を口にする。


「どういたしまして」


 そう言って木野さんは、人なつっこい笑みを私に向かって浮かべてみせるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る