第二章 私のお姫様

第9話(1) ホームルーム

 美人過ぎるクォーターの転校生と日陰者でぼっちな私が、こうして屋上前の階段で昼食を取るようになって、早くも四週間がとうとしていた。


 名前呼びになったからといって、私達の関係に何か明らかな変化が生まれたかというと別にそうではなかった。相変わらず教室で私達が会話を交わす事はないし、昼休みに話す内容もそれまでと変わらず他愛たわいのないものだった。


「そういえば、そろそろ文化祭らしいけど、ウチのクラスは何をやるのかしら?」


 昼食を終え、一段落付いたところでソフィアちゃんがそんな事を言ってくる。


「さぁ……。でも、ウチのクラスって、比較的陽キャっぽい人が多そうだから、派手なのやりそう」

「陽キャ?」


 私の発した言葉の意味が分からなかったらしく、ソフィアちゃんがそう聞き返してきた。


「社交的で明るい人って事」


 雑な表し方だが、おおむね間違ってはないだろう。というか、私も本当はどういう意味でそれが使われているのか詳しくは知らない。なんとなく、雰囲気で使っているだけだ。


「あぁ。いおには無縁な言葉ね」

「ソフィアちゃんだって人の事言えないでしょ」

「まぁ、否定はしないわ」


 お互い自分の事はよく分かっているので、相手の言葉を素直に受け入れ、陽キャのくだりは終了した。


「けど、文化祭で派手なのって何?」

「そりゃ、喫茶店とか甘味処かんみどころとか、とにかく店員がそれなりに目立つやつじゃない?」


 なんとなくあの手の人達は、着る物にこだわるイメージがある。余程自分に自信があるのだろう。私だったらウェイトレスの真似事まねごとなんて、死んでもお断りだ。


「食べ物っていいんだっけ?」

「学校によって違うかもしれないけど、直接火を使う物は確かダメだったような……。ホットプレート使うのはいいんじゃなかったかな? ホットケーキとか焼きそばとか」


 しっかり調べたわけではないので、はっきりした事はよく分からないけど。後は調理不要な物をそのまま売る分には、当然問題は発生しないだろう。


「文化祭乗り気じゃない割には、その辺の知識はあるのね」

「去年、下見がてらここの文化祭に遊びに来たから」


 当時は中学の友人数人と遊びに来たのだが、その時のメンバーとは今はすっかり疎遠そえんになっている。ある意味ではほろ苦い思い出だ。


「ソフィアちゃんは大変だろうね」

「なんでよ」

「絶対頼まれるよ、ホール係」


 何せこの容姿だ。放っておく手はないだろう。


「……」


 おや? すぐに「私はパス」という返事が来ると思ったのだが、意外にも思案している様子だった。案外満更でもないのだろうか。


「いおが一緒にやるなら考えてもいいかも」

「え? 私? ないない。私なんて裏方がお似合いだし、目立つのあまり得意じゃないから」


 それに、私に給仕きゅうじされても誰も喜ばないだろう。


「私は似合うと思うけど、ウェイトレスの格好」

「そんなわけ――」


 反射的に出た否定の言葉を、私は途中で飲み込む。

 そう言ったソフィアちゃんの顔が真剣で、どこか優しいものだったからだ。


「でも、やっぱ私には無理だよ……」


 ああいう服を来て人前に出るのは。


「ま、まだ飲食系やるって決まったわけじゃないし、決まったら決まった時に考えればいいんじゃない?」

「だね」


 確かに、勝手に言って盛り上がっているが、別に他の出し物になる可能性も大いにある。お化け屋敷とか縁日えんにちとか……。


「後、転校してくる前に調べたんだけど、ミスコンもあるのよね、ここ」

「あー。ミスコンっていうか、ウチのはカップルコンだけどね。二人一組で舞台に出て、見た目や二人の雰囲気とかで順位を決めるんだって。けど、それこそ私達には関係ないでしょ」


 私にもソフィアちゃんにも彼氏はいないし、いくらソフィアちゃんが綺麗きれいだからといって仲の良くない男子と急に組ませても審査員の評価はあまり得られないだろう。雰囲気も審査対象とは、つまりそういう事だ。


「実はひそかに、出てくれないかって言われたんだよね、クラスの人に」

「え? そうなの?」


 まぁ、ソフィアちゃんの容姿だ。ダメ元で打診が来る事も有り得ない話ではない。


「なんて答えたの?」

「ん? 知らない男子と組むなんて、真っ平ってはっきり言ってやったわ」

「そっか。だよね……」


 なぜだろう。ソフィアちゃんのその言葉を聞いて、ほっとしている自分がいる。ソフィアちゃんがミスコンに出るのが私は嫌だったのだろうか、あるいは――


「いお。どうかした?」

「ううん。なんでもない」


 そう。なんでもないのだ。なんでも……。

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