第5話(2) 恋
自室に戻り、本棚を眺める。
収納されている本の種類は、本当に雑多で節操がない。その中から恋愛をメインに据えた本を探す。
これと、これと、これ。
まずは三冊手に取り、そのままベッドに腰を下ろす。
どれも名作ばかりだ。(私の中では)
それにしても、本当に恋愛がメインの話が少ない。例えば、演奏にスポットライトを当てつつ恋愛もストーリーに絡んでくるという話は多いのだが、がっつり恋愛を軸にしてストーリーを進めている作品は私の蔵書の中に本当に数える程しかない。
後、改めて恋愛メインの小説を手に取って分かった事だが、私が所持しているこの手の作品は女性作家が書いた男主人公の物が多い。まぁ、趣味趣向と言ってしまえばそれまでなのだが、
もしかしたら、男性が読んだらこんなやついねーよと思うのかもしれないが、それはお互い様だ。それに、そもそもフィクションのキャラなのでいてもいなくても別に問題ないし、もっと言えばリアル過ぎるキャラは相当上手く書かない限り物語にフィットしないだろう。
と、盛大に話が逸れた。今は早坂さんに紹介する本を選んでいるのだった。
おそらく早坂さんは、あまり小説を読むタイプではない。今までの会話や部屋の感じからも、その推測はほぼ間違いないと思う。ならば、ある程度読みやすい物を勧めた方がいいだろう。
その基準は人それぞれだが、私が個人的に読みやすいと思う作品は、まず一ページ目の文章が長過ぎない事だ。特に最初は一行もしくは二行から始まるのが好ましい。まだその世界に入りきれていない読者にとって、初っ端から止めどなく続く文章は集中力を欠く原因になる。
後は開始早々説明文が続かないのが好ましい。かつて一ページ目から延々舞台となる町の説明が書かれた作品を立ち読みした事があるが、私はものの数秒でその本を閉じた。多分私の鍛錬が足りなかったのだろう。決してそういう本が悪いわけではない。ただ私程度の未熟者にはまだ早かったというだけの話だ。
などとつらつら理屈を並べたものの、それは全て後付けの理由。後からなんで読みやすかったのだろうと推察してみて、思い当たっただけの話だ。つまり、何が言いたいかというと、初めから早坂さんに勧めたい本は決まっており、今までの思考は全てその答え合わせのようなものだったのだ。
私は一冊の本を手に取り、ページを開く。
今から二十年以上前に発刊された作品。私の生まれる前からこの世にある作品。そして、私の中のベスト五に永遠ノミネートされ続けている作品。
やはり、これしかない。
私は好きな作品が文庫本で発売された場合、例えハードカバーで持っていてもそれを迷わず購入する。この作品もまさにその内の一冊だ。
この作品自体はこの巻以降も続くシリーズものだが、一巻だけでも十分楽しめるものとなっている。というか、私は一巻だけを永遠繰り返し読んでいる。二巻以降が悪いというわけではないが、私の中では一巻こそが至高で他の巻はそれ以外という認識だった。
結局自分が好きな物を勧めてしまう。私の悪いところだ。とはいえ、この作品は比較的爽やかな恋を題材にしているし、恋愛以外の要素も決して多くはない。つまり、早坂さんに勧めるのに相応しい一冊はこれしかない。これしかないのだ。
よし。そうと決まれば、早坂さんに連絡を入れよう。
実は帰り際、早坂さんとラインのIDを交換させて
なんかその前に、「べ、別に、私が交換したいわけじゃないんだからね」的な典型的なツンデレ台詞を頂戴した気もするが、多分気のせいだろう。早坂さんとIDが交換出来る喜びのあまり、前後の記憶に妄想が混ざってしまったのかもしれない。
これだからオタクは。まったく困ったものだ。
スマホを操作し、早坂さんのアイコンをタップする。
さて、なんて送ろう。
内容はすでに決まっている。問題なのはそれをどう伝えるかだ。
ただでさえこういう事が苦手なのに、早坂さんが相手という事で更にその悩みが増す。そもそも普段の距離感さえまだ正確に測りきれていないのに、文章の距離感なんて何が正解か分かるわけがなかった。ここは無難に話し言葉みたいな感じで行くべきか。あるいはあえての敬語とか? うーん……。
『早坂さんに勧めたい一冊が決まったので、月曜のお昼に渡すね』
悩んだ挙げ句、私は結局前者を選択した。
文章だけ敬語というのもなんだかアレだし、そこから緊張している事を悟られるのも恥ずかしい。まぁ、同級生だしこの選択は間違ってはいないだろう。
『ありがとう。楽しみにしてる』
続けて、クマがワクワクしているスタンプが送られてきた。
「――っ」
その事になぜか私は感動をする。
だって、あの早坂さんが、私にこんな可愛いスタンプを送ってくるなんて……。なんというか、言葉にならない感情が湧いてくる。嬉しい、可愛い、大好き。それは、それらが入り混じったような、自分でも形容しがたい感情だった。
とりあえず、何か返されば。
私は、ネコがドキドキしているスタンプを早坂さんに送る。
それで二人のやり取りは終了となった。
私はスマホを胸に抱くと、そのままベッドに仰向けに倒れる。
相手のウチに行って、ラインのやり取りをして、本の貸し借りをする。これってなんだか、――
「友達みたい」
いや、まだ浮つくのは早い。家に行ったのは早坂さんのお母さんを安心させるためだし、ラインのやり取りは本の貸し借りのためだし、本の貸し借りは恋を勉強するため。
じゃあ、いつになったら私は浮ついていいんだろう……。分からない。けど、少しずつ早坂さんと仲良くはなれている気はする。後はこれを続けていって……。
私はふいに、中学を卒業して疎遠になった子達を思い出す。
向こうからの連絡はない。私もしていないのだからおあいこなのだが、どうもこちらからする勇気はなかった。何連絡してきているのって思われたらどうしよう。あちらはもう友達とは思っていないだろう。そんなネガティブな思考が頭を
友達って一体なんなんだろう?
その答えは下手をしたら、一生見つけられないのかもしれない。
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