第5話(1) 恋

 リビングで早坂さんの両親から熱烈な歓迎を受けた後、私は早坂さんに連れられ、彼女の自室に向かった。


「適当なとこ座って」

「うん」


 椅子いすは勉強机に備え付けられた一脚だけ、となるとやはり……。


 私は少し悩んだ末に、床に腰を下ろした。

 ベッドという選択肢もあるにはあったが、私と早坂さんの関係性でそれはあってないようなものだろう。


「クッション使いなさいよ」


 苦笑交じりにそう言われ、私はすぐ側にあったクッションを手に取り、自分のお尻にく。


 早坂さんの部屋は、なんというか無機質だった。物が少ないというのもあるが、色味も赤とか青とか黄色とかのカラフルさがなく、そのほとんどが黒・白・茶色といった渋い色で、どちらかというと男の子の部屋のようだった。まぁ、私の部屋も然程色味がある方ではないので、人の事は言えないが。


 私に合わせたわけではないだろうが、早坂さんもクッションをお尻に敷いて床に座る。


「なんか悪かったわね、ウチの両親が」

「あはは……」


 娘の友達が余程嬉しかったのか、早坂さんの両親の私への反応は非常に大げさだった。


 お母さんの美玲さんは表面上は淡々としながら私にお菓子を勧めてきたり質問攻めにしたりと、実のところ大分前のめりで、お父さんのジョウジさんは美玲さんをたしなめながらも確かに少しテンションは上がっている様子だった。


「お父さんも素敵な人ね」

「そう?」


 私の言葉に早坂さんは平静を装いつつ、それでもやはりどこか嬉しそうだった。


 ジョウジさんはハーフのようで、早坂さん同様に髪はブロンド、瞳は青みがかっていた。髪型は短くオールバック気味で、前髪が少し垂れていた。身長は高く、顔立ちははっきりしておりモデルもかくやといった感じだった。そういう意味では、早坂さんと雰囲気は似ているのかもしれない。まぁ、身長の方はその限りではないが。


「早坂さんはいつも家では何をしてるの?」


 実際に部屋に来てみて、そんな疑問がふとく。


「何を……。漫画を読んだりファッション誌を読んだりテレビを見たり?」


 自分の事なのに疑問形なのは、別段意識してやっている事でないからだろう。


「漫画はどんなのを?」

「うーん」


 僅かに考える素振りを見せた後に、早坂さんが漫画のタイトルをいくつかげる。

 それらはどれもが男性向けの週刊誌に載っているバトルものやスポーツもので、漫画を読まない人間でもおそらく名前ぐらいは聞いた事があるだろう作品ばかりだった。


「へー。早坂さん、そういうのが好きなんだ」

「というか、恋愛絡みの話があまり好きじゃなくて、よく分からないし」


 確かに、先程早坂さんによって挙げられた作品達は、恋愛要素こそあれストーリーに直接的な関わりがあるわけではなく、その辺りを理解しなくとも十分読み進められるものばかりだ。


「ねぇ、水瀬さんは恋ってした事ある?」

「え? 何急に?」

「私はそういう気持ちになった事ないから、どんなものか教えてもらいたくて」


 そう言った早坂さんの顔はいたって真面目まじめで、冗談を言っているようには見えなかった。


 恋。恋。恋ね……。


「ごめん。私もないや、恋した事」


 もしかしたらと思い、記憶の奥底から必死に絞り出そうとしてみたものの、やはり私の記憶の中に恋なんてものは、ほんの一欠片たりとも見当たらなかった。


「そう」


 特別期待していたわけではないのか、早坂さんの返事はひどく素っ気ないものだった。


 まぁ、はなから私のような人間には期待していなかったのだろう。見るからに恋とは無縁そうななりしているからな、私。恋人は三次元限定みたいな?

 ……自分で言っていて空しくなってきた。それに、私が好きになるのはどちらかというと女の子キャラの方だ。今、私がしている子は――以下自粛。


「水瀬さんって小説よく読むのよね?」

「え? あ、うん」


 小説? でも、なんで急に?


 突然の話題転換に、私は動揺を隠せなかった。


「その中には恋愛メインの話もあるの?」


 なるほど。そういう事か。


「あるよ。多くはないけど」


 私はこと読書に関して言えば雑食だ。特にこのジャンルばかり読むという事はなく、色々なジャンルの本をその時々の気分で読む。

 ちなみに、今読んでいる本はいわゆるミステリーものだが、この前まで読んでいた本はバリバリのラブコメだ。一般的に前者は小説、後者はラノベという区分に分けられる本だが、私はそのどちらも好きだしどちらも同じくらい読む。


 お母さんには読書してないと死ぬのと言われた事があるが、おそらく私は読書をしなくなったら死ぬ。それぐらい私は本を愛している。


「じゃあ、そんな水瀬さんを見込んでお願いがあるんだけど」

「お願い?」


 はて、なんだろう?


「私に本を紹介して欲しいの。恋愛メインのやつ」

「……」


 私が、早坂さんに、本を紹介する? それはどういった趣旨のご褒美だ? 本を紹介させてもらえるだけでもオタク冥利みょうりきるのに、その相手がこんな美人なんて。いくらお金を払えばいいのだろう?


「ダメなら別にいいんだけど」


 私の沈黙を別の意味に捉えたのか、早坂さんがふとそんな事を言ってくる。


「ダメなんてとんでもない。ちゃんと選ぶから。早坂さんに合いそうな本を」


 実は普段読まない人に本を勧めるのはとても気を遣う行為で、下手をしたらその人の今後の読書人生を左右しかねないため責任重大だ。なので――


「少し時間をください。本気で選ぶので」


 今まで私が読書によってつちかってきた知識と感性を総動員して、最高の一冊を早坂さんにお届けしよう。そのためにはまず――

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