第4話 いざ、早坂家へ。
そして、ついに運命の日を迎える。
早坂さんの家は学校近くにあるらしく、待ち合わせ場所は学校の最寄り駅となった。
待ち合わせ時間は午後二時だったが、電車の時間もあり、私はその三十分前に駅に到着した。
駅の出入口に立ち、早坂さんが来るのを待つ。
今日の私の格好は、ロング丈・フレアスカートタイプのシャツワンピだ。色は暗めの緑。胸元が
陽ちゃんからお墨付きを貰ったとはいえ、やはりまだ少し不安はある。早坂さんにどう思われるか。鼻で笑われたり引かれたりしたらどうしよう。いや、早坂さんはそんなひどい人ではないと思うが、それでもどうしても心配が付き
「はー」
深く息を吐き、気持ちを落ち着かせる。
やれる事はやった。後は当たって砕けるしかない。
「びっくりしたぁ。誰かと思った」
声のした方を向くと、目を丸くした早坂さんがそこにいた。
早坂さんは、ミニ丈の青いジーンズスカートに黒いTシャツと、ある意味イメージ通りのいで立ちだった。シンプルながら、早坂さん自身の可愛さとクールさがよく表れた服装である。そして純粋に可愛い。
「何よ」
私がじろじろ見ていたせいか、早坂さんがジト目でこちらを
「え? いや、可愛いなって思って」
「そういうあなたも……。イメージとは違うけど、似合ってなくはないわ」
頬を少し染め、視線を外しながら早坂さんがそう私の格好を評す。
それを見て私は思わず、くすりと笑みを
「もう行くわよ。付いてきなさい」
「はーい」
とりあえず、服装選びは成功のようだ。
帰ったら、陽ちゃんにお礼を伝えなきゃ。後ついでに、早坂家の感想も。
早坂さんを先導に、住宅街を歩く。
学校の近くとはいえ、この辺りは来た事がないので見慣れない景色が続く。
「私服そんな感じなのね」
「え? いや、これはタンスの奥に仕舞われた物を着てきただけで、普段は全然こんな感じでは……」
そう言うと早坂家に来るために気合を入れてきたようで恥ずかしいが、まぁ今更だろう。
「ふーん。勿体ないわね」
「え? それってどういう……?」
「服は着られるためにあるから、着られないと勿体ないって意味よ。別に他意はないわ」
斜め後ろにいるためちゃんと見る事は出来ないけれど、そう言った早坂さんの顔は僅かに赤くなっているように見えた。
「実はこれ、自分で選んだわけではなく、人に選んで貰って……」
その事を隠したままにしているのはなんだが卑怯な気がして、私は正直に真実を告げる。
五つの候補を選んだのは私だが、最終的にその中からこの服を選んだのは陽ちゃんなので、やはり人に選んで貰ったという表現が今回の場合は適切だろう。
「へー。お母さんとか?」
「ううん。この前写真送った子」
「あ、そうなんだ」
「?」
なんだろう? 早坂さんの反応が今少しおかしかったような? 私の気のせい?
「その子とはその、結構仲いいの?」
「良くしてもらってたって感じかな。陽ちゃん、みんなに優しいから」
「陽ちゃん……」
「うん。陽子だから陽ちゃん」
呼び方としては、別に変わってないと思うけど。
「じゃあ、あなたは相手からなんて呼ばれてたの?」
「私? 私は普通にいおって」
「いお……」
「あぁ。私、水瀬いおって名前で」
「知ってるわよ!」
怒られてしまった。私という人間の知名度的に、十分有り得る事だと思ったのだが……。
「早坂さんは友達からなんて呼ばれてるの?」
「ソフィーとかソフィアとか。まぁ、最近は呼んでくれる友達もいないけどね」
「ソーちゃん……」
「!」
そう呼んだ途端、早坂さんが心の底から驚いたように、目を開いてこちらを見た。
「あ、いや、昔、そんな呼び方を誰かに対してしてたような……」
まさか、ソフィアだからソーちゃん?
「早坂さんと私って、昔どこかで……?」
「さぁ……。覚えてないわ」
そうだよね。もし会っていたとして、私みたいな影の薄い子覚えているはずないよね。
「そっか。ごめんね、変な事言って」
「別に。それより、もうすぐウチ着くんだからちゃんとしてよね」
「ちゃんと?」
「もう。友達らしくって事よ。お母さんの不安を解消するのが、今回の目的なんだから」
「あ、うん。分かった。ちゃんとする」
何をどうしたらちゃんとした事になるかは分からないが、早坂さんの期待には
「ここよ」
そう言って早坂さんが立ち止まったのは、何階建てか分からないマンションだった。
なんともなしに上を見上げる。
思わず口から「はー」という声にもならない音が
「行くわよ」
「あ、うん」
早坂さんに
自動扉を
「何してるの。ほら」
いつの間にか部屋の奥まで進んでいた早坂さんが、機械の前に立ちこちらを振り返っていた。
それを見て私は、慌てて早坂さんの元に近寄る。
早坂さんが機械に鍵をかざすと、横にあった自動扉が開いた。
なるほど。建物内に入るのに、まず解錠が必要なタイプのマンションだったのか。馴染みがないため、その発想はなかった。
早坂さんに続き、二つ目の自動扉を潜る。
その先は、エントランスホールとも呼ぶべき空間になっており、テーブルや椅子、ソファーなどが置かれていた。ここで、待ったりくつろいだり会話したりするのだろう。まるでホテルか何かのようだ。
ふと前を向くと、エレベーターの前で早坂さんが渋い顔をしてこちらを見ていた。
やばい。そろそろ本気で怒られてそうだ。
足早に早坂さんと合流した私は、程なくして来たエレベーターに乗り込んだ。
エレベーターに乗り込んだ私は壁に張り付き、出来るだけ存在を消す事にした。こんな所に住んでいる人間の怒りを買ったら、どんな目に合うか分かったものじゃない。
扉が閉まり、エレベーターが動き出す。
壁に同化する事に夢中になるあまり、早坂さんが何階を押したか見ていなかった。というか、何階まであるのだろう。
そう思い、早坂さんの肩越しにパネルを
三十!? 三十ってあの三十の事? こんな高い所に住んでもし電気が止まったらどうするつもりなのだろう? 階段での往復は骨が折れるどころの騒ぎじゃないだろう。
私の
扉が開き、早坂さんが降りる。私は置いていかれまいとそれに慌てて続く。
降り立った廊下は、ただの廊下のはずなのに広く高く立派で、思わず歩く事を躊躇われる程だった。
廊下を歩く事数十歩。早坂さんが一つの扉の前で足を止める。
「ここよ」
そう言って早坂さんが、扉横のインターホン下部に鍵をかざす。そして取っ手に手を掛けた。
扉が開き、室内が
玄関はウチと同じか少し狭いくらい。一軒家と同等と考えれば十分広いか。すぐ横には白い扉があるが、なんの部屋だろう。
「ただいま」
早坂さんが奥に向かって声を掛ける。
玄関から見て右奥で扉が開く音がして、更にこちらに近付いてくる足音が聞こえた。そして程なくして女性が姿を表す。
髪は黒いセミロング。顔は人形のように整っており、感情の起伏はあまり表面に現れそうにないが、全く出ないというわけではなく今も口元に僅かな笑みを携えている。スレンダーな体に細見のパンツがよく似合っていて、キャリアウーマンという言葉をどことなく
「早坂
そう言うと、女性――美玲さんは深々と私に向かって頭を下げた。
「あ、いえ、こちらこそ、早坂さんにはいつもお世話になって……」
大人からここまでしっかり頭を下げられた経験のない私は、パニックのあまり思わず慌てふためいてしまう。
「お母さん、そういうのいいから。水瀬さんが困ってるでしょ」
早坂さんはそんなお母さんの行動には慣れっこなのか、特に動揺する事なく、普通に注意をしていた。
「あら、そう? 高校生の娘の友達出迎えるの初めてだから、よく勝手が分からなくて」
注意された美玲さんは美玲さんで、その事を特に気にした様子もなく、普通に言葉を返していた。
こういう言い方をするのもなんだが、早坂さんのお母さんは天然さんなのかもしれない。クール、大人しかも母親、そこに天然という属性が付いたらもう最強ではないか。ギャップ選手権なるものがあれば、余裕で全国大会出場、優勝候補間違いなしである。そんな大会あるか知らないけど……。
「あ、それ
いつの間にか土間から上がっていた早坂さんが、床に揃えて置かれたスリッパを指差す。ふわふわのもこもこのやつだ。
「え? あ、うん。お邪魔します……」
靴を脱ぎ、
感触が気持ちいい。ふわふわもこもこだー。さすがお金持ち。……いや、この場合、お金持ちは関係ないか。失礼ながら、そんなに高くはなさそうだし。
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