第2話(1) 友達

 一週間もしない内に、早坂さんの周りから人が消えていった。

 それも当然といえば当然だ。クラスメイトの熱量に対し彼女から返ってくる反応はあまりにドライで、好意が反感に変わるのは容易に想像が出来る事だった。


 美人な転校生はいまや、お高く止まった鼻持ちならない美人へと変わった。それでもイジメのような事に発展しないのは、早坂さんの格のせる技か、あるいはこの学校の偏差値かそれなりに高いからか。どちらにしろ、彼女が自ら孤立した事には間違いなかった。


 その間も、私と早坂さんの屋上前でのお昼の密会は続いていた。

 と言っても、そんないいものではなく、ポツポツ会話をしたりしなかったりして各自時間をつぶすような形ではあったが。


 更に言えば、私と早坂さんが絡むのはあの場所限定で、他の所ではあくまでもただのクラスメイトだった。まぁ、体育の時はお互いあぶれるので一緒に組むが、その時も特に会話らしい会話はなかった。


「ねぇ、あなたなんでいつも一人なの?」


 私が昼食を終えるタイミングを見計らっていたように、早坂さんがそんな事を言ってきた。


「友達がいないから」

「だから、なんで友達いないの?」

「それは……」


 簡単な話。私がコミュ症だからだ。人に話し掛ける事はおろか話を合わせる事も出来ない、そんな私と誰が好き好んで一緒にいたいと思うのだろう。


「早坂さんだって――」

「私が何?」


 言い返そうとしたところを鋭い視線で牽制けんせいされ、私は思わず口をつぐむ。


「私は出来ないんじゃなくて作らないの。だって、上辺だけの友達なんて別に欲しくないもの」

「じゃあ、なんで私とは話してくれるの?」

「……可哀想かわいそうだからよ」


 言葉の前にあった間の意味を必死で読み取ろうとしたが、対人スキルが死んでいる私にそんな事が出来るはずもなく、結局早坂さんの真意は不明なままだ。


 早坂さんはどう思っているか分からないが、私はこの時間を心地よく思っている。早坂さんとの会話は苦じゃないし、無言の時間も別に嫌じゃない。

 友達等と贅沢ぜいたくなものは望まない。ただこの時間がいつまでも続いてくれたらいいと、ひそかに心の中で願っていた。


 ここ数日早坂さんと話していて、分かった事がいくつかある。


 早坂さんは、子供の頃からよく転校を繰り返しているらしい。短いところだと半年、長いところでも二年あまり。小学校では都合四度の転校をしたという。話に聞くだけでも大変そうだ。そんな状況では、なかなか友達を作るのもままならないだろう。


 後分かった事といえば、早坂さんのおウチはそれなりに裕福らしい。なので、金銭感覚が少し私とはズレている。私が欲しい物があると言ったら、「そんなのすぐに買えばいいじゃない」と言うし、私が何か壊れたと言えば、「そんなの買い替えればいいじゃない」と言う。バイトをしていない高校生の身では、数千円の物を買うのも熟慮がいるという事を、早坂さんは全然分かっていない。


「お古で良ければあげましょうか?」

「え?」

「だから、イヤホン」


 昨日の事だった。私の使っているイヤホンが、突如原因不明の不調を訴えたのだ。今私はそれを買い替えるべきか悩んでいた。前使っていたやつは三千円ちょっとだが、今月のお小遣いを考えると同じくらいの物を買おうとすると、他の物を色々諦めないといけなくなる。


「ちょうど買い替えようと思ってたし」

「でも、そういうのって、なんか良くないと思うし」

「何が?」

「凄く仲のいい友達同士がたまにやるくらいならいいと思うけど、そうじゃないと恵んでもらうみたいになって関係が変にこじれちゃいそう」


 上下関係が出来たり利害関係で付き合ったり、とにかく対等な関係ではなくなってしまいそうだ。いや、決して私と早坂さんが対等だと思っているとかそういうわけではなく。私と早坂さんなんて月とスッポンどころか、イルカとプランクトンくらい違う。


「あっそ。いらないならいいけど」


 今のやり取りはまずかっただろうか。もしかしたら早坂さんを怒らせたかもしれない。けど私は、早坂さんと変な関係にはなりなくなかった。例え友達にはなれないとしても、話をするクラスメイトぐらいの立ち位置ではいたい。


「別に怒ってないわよ」


 私の内心が伝わったわけではないだろうが、早坂さんがふとそんな事を言う。


「言いたい事はなんとなく分かるもの」


 それっきり私達の間に会話はなく、無言の時を過ごした。お互いがスマホと文庫本に目を落とす。今やこれが私達の日常だった。




 今日は読んでいる小説の最新作が発売される日なので、学校帰りに地元の本屋に立ち寄った。


 適当に新刊コーナーを見て、いつの間にか発売されていた新刊をいくつか手に取る。漫画まんが・ラノベと周り、ようやく本命の小説コーナーに足を向ける。


 平積みされた一冊を手に取り、中を確認する。私の見た事のない、新たな物語がそこには記されていた。内容はもちろん申し分ない。買いだ。


 手に取った小説を漫画に重ね、レジに向かう。

 その途中、見知った顔を見つけた。


 どうやら向こうもこちらに気付いたらしく、足早に近付いてくる。


「いおじゃん、久しぶり元気してた?」


 まるで中学の頃と変わらぬ様子で、私のとは別の制服を着た元同級生がそう声を掛けてきた。


「うん。元気。……陽ちゃんは?」


 名前を呼ぶ時、少し緊張をした。当時は当たり前に呼んでいた名前。でも今は……。


「元気元気。けど、ウチの学校さ、同中の知り合い誰もいなくて、入学して数日はホント死んでた」


 陽ちゃんは服飾に興味があり、そういう学科のある高校に進んだ。そのため、同じ中学の生徒がそもそも少ないのだ。


「いおはどう? 学校で上手うまくやってる?」


 その言葉に私は全身が凍り付いた。中学の時の友達とは、初日に話した程度で後は話していない。新しい友達なんて夢のまた夢。クラスメイトとの会話すらままならない。そんな状態で上手くなんて……。


「新しく出来た友達が凄い美人でさ」


 気が付くと、口からでまかせが飛び出していた。


「クォーターらしいんだけど、もうモデルさんみたい」

「へー。それは見てみたいな」


 幸い、陽ちゃんは私の嘘に気付いた様子はなく、普通に話に乗ってきた。


「写真でもあれば良かったんだけど」

「じゃあ、今度送って見せてよ。もちろん、その友達がいいって言ったらだけど」

「え? あ、うん。聞いてみるね」


 やばい。聞いてみるねじゃないわ。私からまともに話題を振った事もないのに、いきなりハードル高過ぎでしょ。もういっそ、聞いてみたけど断られた事にする? それもな……。


「どうかした?」


 心の中で葛藤する私に、陽ちゃんが不思議そうな視線を向けてくる。


「ううん。なんでもない」

「そう。あ、私もう行かなきゃ。これからバイトなんだ」

「バイトしてるの?」

「うん。色々物入りでさ。じゃ、またラインするね」

「あ、うん」


 手を振り去っていく陽ちゃんを見送りながら、私は少しだけ昔に戻れた気になった。

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