第1話(2) 美人な転校生

 ホームルームが終わると案の定、早坂さんの席にクラスメイトがむらがる。教室の外にも彼女を一目見ようと生徒が集まり、まるでお祭り状態だった。


「ねぇねぇ、早坂さんはどんな化粧品使ってるの?」

「使ってない」

「え? 使ってなくてその感じなの? ヤバいね」

「ねぇ、早坂さん。今日の放課後、パンケーキ食べに行かない? 私、美味おいしいお店知ってるんだけど」

「行かない。暇じゃないし」


 そんな感じで、早坂さんは女子から飛んでくる質問を短い言葉で次々と迎撃していった。その様子は側で聞いている私の方がハラハラしてしまう程、無愛想で非友好的だった。


 しかし、クラスの女子達はめげず、休み時間の度に早坂さんの席に来ては質問攻めにしていた。さすが陽キャ、メンタルが化け物である。


 そんなこんなで早坂さんとクラスメイトとのやり取りを背中で聞いていた私は、気が滅入ってしまい、昼休みになるとようやくこの地獄から開放されるとばかりにそそくさとかばんを手に教室を逃げるように後にした。




 ぼっちの私に一緒に昼食を取る友人が当然いるはずもなく、人目に付かない所でいつも私は一人食事を取っていた。


 最近のお気に入りは屋上前の階段で、屋上に上がる事は出来ないが、人が来ない上に階段を椅子代わりにする事も出来るとあって、余程の事がない限り三年間ここで昼食を取ろうと私は早くも心に誓った。


 階段の一番上に腰を下ろし、鞄から弁当箱を取り出す。お弁当は毎朝母が作って持たせてくれる。それ以外の家事もあるというのに、本当に頭が下がる思いだ。


 弁当箱の包みを解き、ふたを開ける。中身はいつも通り、質素ながら美味しそうなおかず達が色とりどり並んでいた。


 はしを手に取り、「いただきます」と手を合わせ食事を開始する。

 まずは卵焼きから。うん。美味しい。いつもの味。まさにお袋の味だ。


 ご飯を間に挟みながらおかずを次々口に放り込んでいると、廊下を歩く音と気配を感じた。


 まさか人が来た? この辺りは使っていない教室ばかりだから、少なくともこの時間は人が来ないはずなのに。


 体を縮めてその時を待つ。音と気配が次第に近付き、ようやくその姿を表す。


「あ」


 私を見て相手が声を上げる。向こうは向こうで誰もいないと思ったのだろう。露骨に嫌な顔をされてしまった。


「早坂さん、どうして……?」


 今頃クラスの女子達に囲まれ、ワイワイやっているはずの彼女がどうしてここに?


「うっとしかったから逃げてきたの」

「え? あ、じゃあ、私は」


 慌てて私は、お弁当を片付けようとする。一人になりたくてここに来たのなら、私は邪魔だろう。


「なんであなたがいなくなるのよ。先にいたのはあなたの方でしょ」

「でも……」


 戸惑う私を余所に、早坂さんが階段の下の方に腰を下ろす。


「私は勝手にここで食べさせてもらうわ。だから、あなたもそこで勝手に食べればいい」


 予想外の言葉に私は驚きながらも、なんだか一緒にいる事を認めてもらったみたいで素直にうれしかった。まぁ、それも気のせいなんだけど。


 早坂さんの手には私同様鞄があり、そこから彼女は菓子パンを取り出した。


「え?」

「何?」

「いや、なんでもない」


 下からにらまれ、私は口をつぐむ。


「これが昼食って思ってるんでしょ」

「あ、え? ……うん」


 勝手に早坂さんのような人なら、手作りのお弁当を持参しているのだと思い込んでしまった。


「両親共働きで作ってもらう余裕ないのよ」

「自分で作ったりは……」

「料理出来ないから」

「え?」

「何よ。悪い」


 振り向きざまに睨まれ、私は慌ててふるふると首を横に振る。


「そういうあなたは自分で作ってるの?」

「いや、これはお母さんが……」

「ほら」


 そう言うとなぜか早坂さんは、勝ち誇ったような顔をこちらに向けてみせた。


「でも、私料理は出来るから」

「はあー。何それ。喧嘩けんか売ってるの」

「そんなつもりは……」


 なかったが、私にしては珍しく言い返してやろうという気は確かにあった。みんながちやほやする美人の転校生と喋れて、調子に乗ったのかもしれない。それに、彼女と話せる機会はもうないかもしれないと思うと、不思議と気持ちが大きくなる。


 会話はそこで途切れ、しばらく二人で無言で食事をした。

 そんな感じでも、不思議と他の人に感じるような気まずさはなかった。


 食事を終えても、早坂さんはすぐには教室には戻らなかった。教室に戻ったら、クラスメイトからの質問攻撃が待っているからだろう。


 早坂さんがスマホをいじり始めたので、私は鞄から文庫本を取り出しそれを読む。別に教室で読んでもいいのだが、あまり早くに戻り過ぎると机や椅子が使用中の可能性があるので、出来るだけギリギリに戻りたかった。


「何読んでるの?」

「え?」


 突然の質問に、私は動揺が隠せなかった。そもそもスマホをいじっていたのに、なんで私が本を読んでいる事が分かったのだろう。背中に目でも付いているのだろうか?


「音がしたから」


 まるで私の心の声が聞こえたかのように、早坂さんがそう答える。


「あー」


 それは盲点だった。


「ラノベ」

「題名は?」

「俺にこんな可愛かわい許嫁いいなずけがいて溜まるか」

「何それ」

「そういう題名なの」

「ふーん」


 自分で聞いてきたくせに、早坂さんは興味なさそうな声を上げる。


 まぁ、一般人には理解されにくい趣味だという事は分かっているので、特になんとも思わないが。


 そこからまた二人の間に無言が流れた。

 早坂さんはスマホをいじり、私は本を読む。離れて別々の事をしているのにも関わらず、不思議と悪い感じはしなかった。

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