詮索を

咎められる人

 最近、巷でおかしな事件が頻発している。


 それは『原因不明の不審死』。報道機関は心臓発作など都合の良いワードで誤魔化しているが、僕はその言葉に納得していない。なぜなら、亡くなっている人のほとんど、というか九割以上が25歳以下の若い人たちだからだ。若いからと言って心疾患を患っていないとは言い切れない。医療的な専門知識なども持ち合わせていないが、それでもこの事態は異常だと、はっきり断言できる。


 ネット上でも様々な憶測が飛び交っている。新手の感染症だとか、遠距離の集団自殺だとか。荒唐無稽な話から理路整然した不確実な話まで、まさしく玉石混交。ネットというものは本当に素晴らしいよね。


 ある日、いつものように日課であるネットサーフィンをパソコンでしていた僕は、とても興味をそそられる仮説を発見した。どれくらい興味心をくすぐられたかというと、座っていた椅子を蹴り飛ばして画面を覗き込むくらいには、僕の心を擽った。


 その内容とは『人智の外にある不可視の存在』。つまるところ、妖怪怪異、魑魅魍魎などの所業なのではないだろうかという憶測。火のないところに煙は立たないというが、こんな憶測が飛び交っているのにも訳がある。


 理由としては、不審死により亡くなった人たちの周囲には必ずと言っていいほど2つのコップが並んでいるらしく。表の報道では流れていない情報だというのに、ネットの人たちは一体どこからそんな情報を拾ってくるのだろうか。謎である。


 とにかく。まるでなにかの儀式じみたそのアイテムたちに、ネットの人たちはそういった推測を立てたが、もちろん誰も真面目に取り合うことはなく。何事もなかったかのようにその説は流れて行った。 


 しかし、個人的に僕はこの説を推している。なぜならその方がロマンに溢れているし、面白いからだ。「人が亡くなっているというのに面白いとは何事だ」を咎められそうだが、そんなの知ったことか。


 どうせその亡くなった人に対して本気で心を痛めているのはごくわずか。きっと身内とその周辺にいる本当に仲の良かった者のみだろう。


 世の中そういうものだ。


 ニュースで「誰それが負傷、死亡」なんて報道されたと聞くと、報道を聞いた直後は悼むように顔を伏せるも、それだけだ。

 数日後、いや数時間後にはそれさえ忘れて笑っているのだろうから。そんな奴らが僕を咎めようだなんて、お門違いもいいところである。


 なんて、誰に向けてでもなく吐き捨てながら歩く。向かう先は自宅から徒歩30分の図書館。目的はもちろん、例の怪異についての調査だ。



 例の怪異について、ネットの民により明らかにされていることがいくつかある。


 1つ目は呼ぶために何らかの飲料が最低でも2種類は必要だということ。これはネットの民が引っ張りだしてきた情報を基に立てられた推測である。信憑性はちょっと低いかも。


 もう1つは、呼んだ時に鈴の音が聞こえること。これは報道にて遺族が話していたことだ。『息子が亡くなった日、耳慣れない音がしました。古ぼけた鈴のような、悲しい音』、『うちでも同じです。確かに乾いた鈴のような音を夜中に聞いたような気がします』と。ほとんどの遺族が口をそろえてそう話していた。


「飲み物と鈴の音……」


 焼け死にそうなほど暑い8月、ぐっしょりと濡れた体に不快感で顔を顰める。

 あまりの暑さに頭が回らないどころか体ごと溶けてしまいそうだ。ぽたりぽたりと滴る汗が地面を打つ。図書館はまだまだ先だ。ジーワジーワ、ミーンと鳴く蝉に軽く殺意を抱きながらも足を進めた。あぁ、冷たいアイスが食べたい。


 トボトボと歩き始めてもう30分。ようやく図書館が見えてきた。普段であれば本の森くらいにしか認識していない図書館が、今なら砂漠の中のオアシスのように輝いて見える。人間の脳って単純なものだな。


「こんにちは」


 涼しい館内に1歩足を踏み入れると、受付カウンターに座っている女性司書さんが軽快な声で挨拶してきた。僕も「こんにちは」と返してペコリと頭を下げる。女性司書さんの隣でパソコン作業をしている眼鏡の男性司書さんにも頭を下げてから、カウンターを通り過ぎて書架の中へと進んでいった。


 さて、どこを探そうか。


 自身の背よりも高い書架を見上げる。民俗学のところか、それとも童話? あと考えられるところといえばホラーの書架だろうか。


「キーワードが少なすぎなんだよなぁ」


 『怪異大集』、『日本の物怪』、『口伝童話~知られざる歴史~』、『恐怖⁉ 日本に根付くオバケたち』等々、ひとまず見慣れた書物を手に取っていく。1度は目を通したことのある書物たちだが、何かしらのヒントがあるかもしれない。今日は丸1日ここにいるつもりだから、少しでも多くの情報を得るためにも心当たりのある本には一通り目を通すつもりである。


 事件を前にシャーロックホームズが素通りすることがないように、目の前に未知の怪異の情報が転がっていれば飛びついて深堀りするのが僕だから。今は夏休みで時間にも余裕があるため、多少の無茶もいとわないつもりだ。


「……さて、読むか」


 読書兼勉強スペースとして設置されている椅子とテーブルにつく。ドンッと山になっている書物は、さっき拾い集めてきた「怪異」や「オカルト」の関連本で。ざっと数えてみたところなんと全部で23冊もあった。絵本のように比較的薄い本から、六法全書のような分厚さを有する本までバラエティー豊かな本たちが壁のように僕の周りを取り囲む。


「絶対に見つけてやる」


 そう1人で決意しながら1冊目の本に手を伸ばした。図書館に到着したのが10時30分。本を探し終えてこの席に着いたのは11時15分。今日1日では読み終えられないかもしれないが、読める分だけでも読んでしまおう。さて、23冊のうちどれくらいを読めるだろうか。



「終わった……」


 見事23冊の書物を読破した僕は、最後の本を読み終えると同時にべしゃりと机に崩れ落ちた。チラリと書棚の隙間にある掛け時計を見てみると、いつの間にか17時になっていて。そういえば閉館は18時だったような気がする。「本、片づけないと」と思いながらも、もう1度机に張り付いた。

 どれくらいそうしていただろう。約6時間、ずうっと同じ体制で活字を追い続けていた反動は思っていたよりも大きく、体を起こそうにも上手く動いてくれない。取り出した本を元の場所に戻さなければいけないのに。


 ひしゃげながら唸っていると、トントンッと肩に小さな衝撃が。カメさんもびっくりするだろう緩やかな動作で伏せていた顔を上げる。


「片づけ、手伝いますよ」


 顔を上げた先にいたのは、あの眼鏡の男性司書さんだった。司書さん――……倉橋さんのご厚意に甘え、2人で23の書物を棚の中に納めていく。


「探し物は見つかりましたか?」


 本の背についている整理番号と書架の番号を見比べながら目を細めていると、ふいに倉橋さんが尋ねてきた。『図書館内ではお静かに』というルールに基づいてか小声で尋ねてきた倉橋さんは、次々と棚に本を並べていく。


「いえ、全く。なんに成果もなかったです」

「それは残念でしたね」


 肩を落として答えると、倉橋さんは優雅に笑って労ってくれた。23冊もの書籍を読了した後、『読み終えた』と同時に『これ以上どうすればいいんだ、終わった』と燃え尽きていた僕に、倉橋さんのその声はやんわりとしみこんでいって。


 あー、もう。倉橋さん好き。


 と、推しを目の前にした時の友人(生粋のアニオタ)のように語彙力を溶かして、心の中で叫び回った。


「ところで、何を探されていたのです? 随分と変わった題名の本が多く見受けられるのですが」


 パパッと20冊近くの本を元の場所に戻し終えた後、再度倉橋さんが尋ねかけてきた。僕がたった3冊の本を元に戻す間に残りの山を片づけてしまった倉橋さんは、僕が子供のころからこの図書館にいるベテランの司書さんで。もしかしたら、僕の探しているモノの答えを知っているかもしれない。そう思い口を開いた。


「鈴と、2つの飲み物。それに関係している怪異について調べているんですけど、なにかご存じないですか?」

「鈴と飲み物、ですか」


 ふむ、といいながら倉橋さんが顎に手を添える。そのポーズが似合うのは限られた人だけだと思っていたが、倉橋さんはそのポーズがよく似合っていて。

 めちゃくちゃかっこいい。え、倉橋さんはもしかしてアイドルだった……?


「すみません、オカルトには疎くて。お役に立てそうにないです」


 なんて馬鹿みたいに思考放棄していると、突然倉橋さんが謝罪をしてきた。ゆるく腰を折る倉橋さんの動作に合わせて、眼鏡に連なる細いグラスコードがカラリと鳴る。


「いえ、あの。僕のサーチ能力が足りなかっただけで! それよりも手伝っていただきありがとうございました」


 僕も慌ててペコリと頭を下げた。倉橋さんのように優雅な所作ではなかったけれど、またもふわりと笑んでくれた倉橋さんに気持ちは伝わったのだと理解する。……僕も将来は倉橋さんみたいな大人になりたいなぁ。



 司書さんたちに挨拶をしてから図書館を後にする。途端、頭を殴りつけるような蝉の声と、まとわりつくような熱気が襲い掛かって来た。

 「あっづ」と低く唸るもそれにより暑さが軽減されることも無ければ、家までの38分の道のりが縮むこともなくて。むしろ言葉にしてしまったことにより、余計に暑くなったような気がする。なにはともあれ、炎天下の中、短いようで長い道のりをとぼとぼと進み始めた。


 8月半ば、お盆も過ぎた夏真っ盛り。頭の上から注ぐ太陽光と、アスファルトに跳ね返る熱気に焼け死にそうだ。なんてくだらないことを考えながら家路を行く。

 

 うーん、冷えたスイカに齧りつきたい。あ、でもかき氷とかでもいいなぁ。あとはラムネとか。クーラーの効いた部屋で一気飲みしたい。


 暑さから少しでも逃れるために涼しいことを考えていると、部活帰りだろうか、テニスラケットやバッドを背負った集団が近くを歩いているのが見えた。昔っから運動が苦手な僕からすると、スポーツをして笑顔を浮かべられる人たちは色んな意味で眩しい。あんな苦行を笑ってこなせるだなんて、本当にすごい。


「そういや知ってっか? キクマリさん」

「『キクマリさん』? なにそれ」

「え、お前知らねーの⁉ 校内でめっちゃ噂になってんのに」


 前を行くスポーツ少年たち……いや、少年はさすがに失礼か。僕より頭1つ分ほど低い青年たちがなにやら楽し気に話し始めた。


「供え物したら願い事を叶えてくれるんだってさ」

「なんだよソレ。都市伝説とかか?」

「コックリさんの亜種みたいなもんじゃねーの?」


 え、なにそれ面白そう。一塊になって歩く彼らの会話に耳をそばだてた。


「『コップ1杯の水と酒。月のない真っ暗な夜、草木も静む丑三つ時。呼べよ唱えよキクマリと。願いを乞いて目を閉じよ』って。知らねぇの?」


 都合よく欲しい情報を得られるのは、漫画やアニメなどのフィクションの中だけだと思っていたのだけれど。暑さによる不快感と、図書館でなんの成果も得られなかったという落胆で曇っていた脳内が一気に晴れる。


「なんかアレだな。アラジンの魔法のランプみあるよな」

「あ、確かに」

「アラジンといえば、今度ハリウッドで実写化するらしいぜ」

「え、まじ? 公開されたら見に行こっかなぁ」

「お前、1人で見に行くのか」

「いや。彼女と」

「はぁ⁉」

「おまっ、いつのまに⁉」

「この裏切り者ぉ‼」

「ふーん。勝ち組」


 コロコロと話題を変えながら、スポーツ集団はどんどんと先を行く。やいのやいのと騒ぐ声は、彼らの姿が見えなくなった後もしばらく耳に届いていた。


 それにしても。


「スポーツできて青春も謳歌していて、加えて彼女もいるなんて。本当に勝ち組じゃん」


 年齢イコール彼女いない歴の僕はポツリと呟く。自宅も近い静かな路地に、小さなはずの呟きがいやに大きく聞こえた。



 図書館へ行って、帰り道にヒントのような答えを得た日から3日が経過した。『月のない夜』という条件をクリアするために、天気が崩れる今日この日を待っていたのである。


「コップの準備よし!」


 水道水ではなく、ちょっと良いペットボトルの水を入れたコップと、台所から拝借した調理酒を入れたコップを、ベッド横の勉強机に並べる。


「空模様もよし!」


 シャッとカーテンを引いて、どんよりとした雲から涙を落とす空を見る。大丈夫、今宵の空に月は見えない。


「時間もよし!」


 あくびを飲み込みながら、左腕にある腕時計を確認する。長い針が12、短い方の針がちょうど2を指している。まさしく丑三つ時だ。


「あとは……」


 例のスポーツマングループの噂をなぞりながら準備を整え、勉強机の椅子に腰かける。


「キクマリさん、キクマリさん」


 2度続けざまにその名を口にする。ピンと背を張り、まるで神前に座す巫女のように姿勢を整えた。


「キクマリさん、キクマリさん」


 あぁそういえば。名を繰り返しながらふと疑問に思う。この後はどうすればいいのだろう。返事があるのか、それともコックリさんのように何かしらの現象が起きるのだろうか。分からないが、ただひたすらに繰り返す。


「キクマリさん、キクマリさん」


 何度その言葉を口にしただろう。軽く十は越えた気がするが、うんともすんとも反応がない。もっとこう、なんというのだろうか。水とお酒が消えたり、例の鈴の音が聞こえたりすることを期待していたのに。


「はぁ……噂はやっぱり噂、か」


 張りつめていた体から力を抜いて、椅子の上で楽な姿勢になる。せっかく事件に近づけ、あわよくば未知の出来事に遭遇できるかもしらないと思い上がっていたのに。


「はぁ……」


 貴重な睡眠時間を返してくれ。そう思いながらも椅子から立ち、ベッドに身体を向ける。それから2、3歩進んでベッドにたどり着くと、間髪入れずにベッドに飛び込んだ。

 ボフッと沈んで僕の身体を跳ね返したベッドは、丁寧に扱えとでも言うようにギィと一鳴きすると、しぶしぶ僕の身体を包み込んでくれた。


「ま、そう簡単に上手くいく訳もないよなぁ」


 ふわぁ、と間抜けな欠伸をしながらベッドで横になる。外では小さくなった雨音に代わり、こんな時間だというのにセミの鳴き声が響いている。おかげさまで、クーラーの風で冷やされているはずの室内の温度が少し上がったような。あぁもう、これだから夏はイヤなんだ。


「んー……」


 ゴロリと寝返りを打ってうつ伏せになると、枕に顔を埋めて唸る。コックリさんは成功したし、近所の学校の7不思議にもきちんとお目に掛かれたのに。『キクマリ』という存在自体がガセだったのか、それとも手順に何かしらの誤りがあったのだろうか。怪異を追うことを生きがいとしている僕からしたら大変遺憾である。


「また明日も図書館行くかぁ……」


 ぎゅっと枕を抱きしめて目を閉じた。次はどこの書架を探そうかと明日の予定に思いを馳せながら。

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