Case.1-4 遭遇
程なくして料理がやってきた。
香純さんにはアラビアータ、僕にはフェットチーネが運ばれてくる。折角だから、普段ならあまり食さないような洒落たものを注文してみた。パスタというよりか、きしめんに近い。行儀良く手を合わせ、食べ始めようとしたところで香純さんは急に店員さんを呼びつけて、
「あの、お箸ってもらえますか」
と訊ねた。戸惑う店員さん。それはそうだろう。パスタは普通、スプーンとフォークで食べるものじゃなかろうか……。
まあ、手づかみで食べないだけましだけど。
香純さんは箸で器用にパスタを掬って食べていた。なんというか、凄い育ち方だ。どこか特殊な機関ででも育ったのかもしれない。指摘しようかとも思ったが、「え? 焼きそばは箸で食べるでしょ?」とか返されても困るので、黙っておくことにする。
二人ともに半分程食べ終わったところで、
「けっこう辛いね、これ。わたし辛いの苦手なんだ」
香純さんは水を飲んで俯き、少し思案してから、また器用に箸でパスタの塊を掴むと、
「はい、あーん」
と僕の口の方へ差し出してきた。端から見るとかなり恥ずかしい光景が展開されているような気がしたので、赤いパスタの塊を素早く口の中に仕舞う。それが幾度か繰り返される。
今まさに営業中らしい背広のサラリーマン、ノートPCを広げ何かのプログラムを起動させている眼鏡の女性、冴えない風体の学生らしき若者の二人組、お盆を片手で持ち右往左往するウエイトレス……店内の視線という視線が痛い。多分それ以上に、僕たちは痛々しい。
端から観たら仕事中にいちゃつくカップルのように見えているのかもしれない。
思ったのだけれど、これ、かなりの役得なんじゃなかろうか。
僕は本来の使命も忘れて、魅惑の上司との早すぎるランチタイムを楽しんでいた。時刻は十時半。まだ早いが、僕は自分のものを片し、香純さんとパスタ専門店を出た。
「さて、どこに行きましょうか……」
僕は何となく、神保町方面へと視線を向けた。遠くで、ちょうど首都高の下あたりだろうか、黒山の人だかりが出来ている。香純さんも気付いたのか、怪訝そうだ。
僕は覚悟を決め、香純さんの前を歩き始める。緊張と焦燥で、手汗が滲む。一歩一歩が重い。僕は人波を掻き分けるようにして、渦の中心を目指した・その中心にあるものを観止め、僕は膝をつき両手を地面について思わず胃の中のモノを吐き出していた。
頭を粉々に砕かれた少女の遺体が、白昼の穏やかな空気を嘲笑うかのように、街中に鎮座していた。それはまるで、脳を人質に取り管理する記憶捜査官たちへの静かな叛逆のように思えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます