Case.1-3 初めての仕事
「随分と露悪的な物言いをするんですね、あなたは」
まるで人を泥棒か何かのような言い分です、と、香純さんはどこか自嘲的に笑いながら、頬を膨らませて見せた。
美人は怒っても美人とは言うが、美人というよりは、かわいい。少なく見積もっても新卒の僕より五つは上かと思うが、さながらあどけない童女の様だ。
「わたしたちはとても重要な仕事をしているんですよ。国民の皆様にとって」
僕は黙り、上司の言葉に耳を傾けた。
「以前の世界では、わたしたちは他人が何を考え、どう行動し、如何にして人生を送っていることを知り得なかった。それがどんなに恐ろしい事か、あなたにはわかりますか……?」
嫌というほど知っている。
如何に世界が醜いか。
どんなに他人がずる賢いか。
こんな生き苦しい世界でなければ、彼女は死んだりはしなかった。
「勿論、存じ上げております。私はそんな世界を変えたくて、この職場を選んだんです」
本音と建前。社会人なら使いこなせて当然のモノを、僕は早速使った。
その罪悪感のせいか、側頭部から肩の辺りにかけて、ずきりと痛む。
「……体調は大丈夫ですか?」
香純さんが僕の顔を覗き込んでくる。距離が近い。女性ものの柔らかな香水の匂いが鼻孔を通り抜けて漂ってくる。
「それでは、早速初日から外回りをしましょうか。国民の皆様の外面に異常がないか、視察がてら街をぶらつきましょう。新人の歓迎も兼ねて、上司公認のサボりです。奢りますよ」
ううむ。どうも、調子を崩される。思っていたよりも、今日からの目の前の上司は気が抜けない相手と見た。
陰鬱な庁舎を抜け、僕と香純さんは九段下の辺りの高級パスタ専門店へ滑り込んでいた。
「御堂くんは、数ある省庁の中で、どうしてこの職場を選んだのですか?」
食事が運ばれてくるまでの間、香純さんはこちらを窺うように見据えてくる。痛いところを突かれた。様な気がする。
「ええと。特に理由はないんですけど……」
唇をかむ。言葉を絞り出そうにも、ないものは絞り出せない。
「正直に答えて結構ですよ。大体、予想は出来ていますから」
「その……恥ずかしながら、ここしか受からなかったんです」
香純さんは嬉しそうに頬の横で両手を合わせて、微笑んだ。
「まあ、模範的な答え」
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