Case.1-2 入庁記念日
記憶が公共化されたのは、一体いつの日だっただろうか。その日を明確に覚えている人が、一体どれだけいるというのだろうか。何かが決定的に変わってしまう瞬間を思い浮かべて欲しい。これまで自明だった理が剥がれ落ち、それまでとは全く違う趣を見せ始めた世界。産業革命でも、二度の対戦でも、世界的な新型ウイルスの蔓延でもいい。あるいは親友や恋人と言える人と運命的に巡り合った日でも、いい。とにかくこれまでとは全く違った認識で、価値観で、新しい世界が開けたかのような感覚。幸福で、或いは不幸で、だがしかし決定的に一つの過去が死んだかのような奇妙な感覚を思い浮かべて欲しい。
そんな日が、瞬間が、誰にだってあるはずだ。
「本日付で統記局に配属となりました、
官庁訪問で何度も繰り返したとはいえ、お辞儀というのはいつだって慣れない。
顔をあげて真っ先に飛び込んできたのは、辛気臭そうな顔が三十ほど並んだ奥の、無機質なパーティーションで区切られた区画のそのまた奥に浮かぶ、一人の女性の顔だった。
「よろしくお願いしますね、わたしは
軽やかな口調とは裏腹に、くすりともしなかった。
「本年度の入庁は君だけね。簡易に施設を案内するから、ついてきてね」
香純さんはろくに説明もせず、僕の肩の辺りに手を置くと、先を行き始めた。
何かの実験施設の様な、というと聞こえは悪いが、疎らな常夜灯が彩る薄暗い廊下を彼女の後から直進する。心臓の鼓動が速い。きっと僕は緊張していた。
「さて……御堂くん。記憶捜査官の主な職能は、知っているかな」
疑問形だが、試すような口ぶりだった。
「もちろん知っていますよ」
挑むように僕は答えた。
「国民の記憶を抜き取り、国に公的記録として提出することです」
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