第一節 ざくろの花

Case.1-1 柘榴の花


「人間は天使でもなければ獣でもない。だが不幸なことに、天使の真似をしようとして獣になる」

      『パンセ』パスカル




       1


 長かった就職活動を終え僕が辿り着いたのは、世間で最も忌み嫌われる類の職場だった。働き始めてから気が付いたのだが、天は人の上に人を作るし職業に貴賎はある。そういったことを大っぴらに言うと眉根を顰められるが、何故というとそれは真実だからだ。僕のような馬鹿を見る人間が少しでも減って欲しいから、敢えて表明することにする。


 机上に散乱した資料の束に片っ端から目を通す。膨大な情報量は瞬く間にデータ化され、僕の脳内に取り込まれていく。そして僕は決してそれを忘れない。忘れることが出来ない。 


 。それが僕の特性だ。


「まったく。便利で羨ましいぜ」


 先輩にはよく言われる。三つ上の天瀬あませ先輩は我らが主任香純さんと同期で、怠け癖が強く、未だに出世できないことをよく愚痴ってくる。あと、昇給頻度が遅いとか夜の街の取り締まりが最近厳しいとかなんとか。


「そんなにいいもんじゃないですよ。いつも脳味噌がいっぱいで、たまに叫び出したくなります」

 僕はこめかみの辺りを押しながら答えた。最近はよくここに疼痛が走る。いつも大事なことを、何かとても重大なことを忘れているような感じがする。

「きみ、新人なのに香純と組まされたんでしょ。ついてないよな」先輩は大袈裟に嘆息する。溜息をつきたいのはこっちだ。


「まあ、腐ってもうちら国家公務員だから、給与は期待していいよ。残業時間は危殆だがね」

 何が可笑しいのか、笑って見せ、先輩は僕の席から離れていった。勤務中の雑談は疲れる。

 僕は本日何度目か解らない溜息をつき、こめかみを強く押した。


 統記局とうききょく直属記憶きおく捜査官そうさかん。人の記憶を盗み見、管理し、記録する、現代日本で最も嫌悪され蔑まされる、税金泥棒だの脳内覗き魔だの揶揄される、最低最悪の職業だ。 

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