oblivion 記憶捜査官・神代香純の事件簿

雪本つぐみ

prologue


     0


 紅い柘榴が、冷たい雨に濡れていた。

 香純かすみさんは、目の前の光景をして冷たくそう促す。僕は片目を瞑るようにしながら、その死体にゆっくりと近づいて行った。

 裸の胸から肩にかけて、横断するように赤黒い亀裂が走っている。剥き出しの下半身は元型も留めぬほどに破壊され、足が根元から棒きれのように奇妙な方向に捩じれ紛っている。押し開かれた花弁のようだ。だが最も奇怪なのは頭部だった。かつて可愛らしい笑顔が咲いていたのであろう其処は、まるで初めからそうであったかのように爆ぜていて、いな、張り裂けていて、熟れた果実のごとき様相を呈していた。果実と花弁の奇妙な同居。

 胃の底からせり上がってくる吐気を抑えながら、僕は何とか言葉を振り絞る。

「……大丈夫です。もう、

 僕の上司は二三頷くと、「もういいですよ、帰りましょう」と、軽く笑ってみせた。この世の終わりのような凄絶な笑いだった。 


 連続少女開花事件。並み居る捜査官たちを攪乱したこの事件は、蓋を開けてみれば、実に明瞭で簡素な事件だった。些細な行き違いが大きな齟齬になるように、輪郭さえ捉えてしまえば取るに足らない、何せ新人の僕でさえ、最初から真相を知っていたくらいなのだから。


 思えばこの時から、香純さんは全てがわかっていたのだと思う。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る