oblivion 記憶捜査官・神代香純の事件簿
雪本つぐみ
prologue
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紅い柘榴が、冷たい雨に濡れていた。
「ちゃんと覚えなさい」
裸の胸から肩にかけて、横断するように赤黒い亀裂が走っている。剥き出しの下半身は元型も留めぬほどに破壊され、足が根元から棒きれのように奇妙な方向に捩じれ紛っている。押し開かれた花弁のようだ。だが最も奇怪なのは頭部だった。かつて可愛らしい笑顔が咲いていたのであろう其処は、まるで初めからそうであったかのように爆ぜていて、いな、張り裂けていて、熟れた果実のごとき様相を呈していた。果実と花弁の奇妙な同居。
胃の底からせり上がってくる吐気を抑えながら、僕は何とか言葉を振り絞る。
「……大丈夫です。もう、忘れませんよ」
僕の上司は二三頷くと、「もういいですよ、帰りましょう」と、軽く笑ってみせた。この世の終わりのような凄絶な笑いだった。
連続少女開花事件。並み居る捜査官たちを攪乱したこの事件は、蓋を開けてみれば、実に明瞭で簡素な事件だった。些細な行き違いが大きな齟齬になるように、輪郭さえ捉えてしまえば取るに足らない、何せ新人の僕でさえ、最初から真相を知っていたくらいなのだから。
思えばこの時から、香純さんは全てがわかっていたのだと思う。
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