八 現世の石座神社


「わっちゃんさあ、部活やんないで放課後なにやってんの? 勉強?」


 転校から二週間が経つ頃、たける宏樹ひろきに言われた。五時間目の数学の宿題を、昼休みに教えていたのだ。

 確かに家に帰ると暇だ。寄り道するような店もろくにない町で、部活に参加する生徒が多いのは他にやることがないからかもしれない。

 だが健には寄りたい場所があった。石座いすくら神社だ。毎日ではないが、ちょくちょく顔を出しては童子と遊び、コマをモフらせてもらっている。シシはいつも宮司の姿で、霊獣としての本性は見たことがなかったが。


「うーん、久しぶりだから、町の中をぶらぶらしたりしてる」

「すぐ飽きるぜ、それ」

「まだ面白いよ。あ、いつも夏祭りやる神社に行ったんだ。裏にご神体なんてあって、びっくりした」

「え、そんなのあんの?」


 宏樹は首をひねった。境内には閉めたっきりのお堂しかないだろうと言う。


「裏に道があって、岩に注連縄しめなわがかかってたよ」

「マジか! 岩を斬る特訓するやつじゃん。俺も行ってみよ」


 宏樹が興奮する。うるさいな、と小春が宏樹の頭を教科書ではたいた。振り向いた宏樹はめげずに言う。


「小春も行かん?」

「どこによ」

「神社の裏にご神体があるんだってよ」

「何それ」


 小春も目を見張る。そんなに知られていない物だったのか。教えてしまってよかったのかと健は少し心配になった。

 じゃ、土曜日の十時に神社でな、と宏樹は勝手に決めてしまった。



 待ち合わせに行ってみると、宏樹はすでに石段の上にいた。おーい、と両手を振られて、健と小春でそれを追いかけた。


「ヒロはなんであんなに子どもなんだろ」


 小春は宏樹をヒロ、と呼んでいた。ひろ君といってしまう健より格好いいな、とちょっと恥ずかしい。

 この二人は健が引っ越すまでは一緒に遊んだりはしていなかった。それが小学校の委員会で小春がビシビシと宏樹に小言を言って以来、よく話すようになったらしい。健のいない間の変化の一つだった。

 健と小春は元々家が近所だ。小さい頃からの仲なので、健は前のまま、こーちゃん、と呼んでしまう。この呼び方も中学生にもなってどうなのかという気が、ちょっとする。


「おせーぞ、おまえら」

「遅くない、ちょうど十時だし」


 また宏樹と小春が言い合っている。健は鳥居をくぐって、あれ、と思った。

 空気が違う。

 なんだかいつもより、風がサラッとしているのだ。軽いというか。

 童子わらしやコマが姿を見せないのは仕方ないのだが、景色も少し違って見えた。


「おーい、で、どこよ?」

「ああ、こっち」


 お堂の裏に回ってみるが、やはり童子と行った時とは違う。

 何がだろうと考えたら、すぐわかった。雑草が多いのだ。大岩への小道も、入り口がわからないぐらいになっていた。

 分け入る、という言葉がぴったりの道に三人で踏み込む。


「すげーな。こんなとこ、よく見つけたじゃん」

「ええと、あの」


 座敷わらしと一緒に遊んだとも言えず、健は口ごもった。


「そう、あの、宮司さん? みたいな人に教えてもらった」

「え、宮司さんなんかいるのか」

「ここ、人なんていないよね?」

「そうなの?」


 シシが当たり前のように宮司然としているので納得していたが、そういえば社務所も何もないこの神社に人が務めているはずもない。

 しまったな、と健はおどおどしたが、小春が勝手に解釈してくれた。


「でもそっか、巡回してきたりするんだろうね。おやしろを放置じゃあんまりだし」


 ずんずんと小春は進む。この間と違ってほとんど山歩きの様相を呈してきて、これが現世うつしよの石座神社なのかと思い至った。

 最近の健が遊びに行っていたのは、常世とこよの神社。重なっているけれど、別の場所なのだ。

 それでもご神体の大岩は、現世にもちゃんとあって健はほっとした。これがなかったらとんだホラ吹きになるところだ。


「うおお、マジだ! かっけえ!」

「あ、ここからは近づいちゃだめだよ。禁足地って言ってた」

「へええ、聖域ってことよね」

「え、じゃあ斬りつけるとか、めっちゃバチ当たりな感じ?」


 宏樹も小春も、住み慣れた町で小さな探検ができて満足したようだ。再会した友人達と少しずつ馴染んでいけて、健も満足していた。







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