九 座敷わらしの恋


 涼しい秋風の抜けるお堂の階段で、童子わらしはコマの膝に抱かれていじけていた。

 今日のコマは人の姿で、階段に腰をおろしたその膝に童子が横座りして甘ったれている。隣にシシも座っていて、膝に頬杖をつき童子を呆れた顔で眺めていた。


われのいる神社に女連れで来るとはどういうことじゃ」


 童子がいじける理由とは、つまりそういうことだった。

 たけるが小春と仲良さげにしていたのが気に入らない。その一点のみが頭にぐるぐるするので、宏樹も一緒だったことはとうに思考から外されている。

 童子に甘えられるのは嫌ではないが、コマは一応解決策を提案してみた。


「童子よ、そのなりをやめたらどうだ」

「そうだね、タケルと同じ年頃の姿をとればいい。子ども扱いで女と思われてないんだから」


 シシもずばりと言い放つ。

 八年も前から「好き」と言っていた意味を、童子はそろそろまともに考えるべき時だ。

 遊び相手なのか、恋なのか。


「で、でもでも。我は座敷わらしゆえ、童姿わらわすがたであるべきでの」

「言い訳がましいな。中身は何歳いくつなんだい」

「そんなこと、覚えておらぬわ!」


 小憎らしいことを言うシシに、童子はアッカンベをした。コマは童子を抱いたままひょいと立ち上がり、シシと引き離して歩き出す。言い争っても仕方ない。

 色づき始めたがまだ緑の多いもみじの木の下まで来て、童子はポツリと訊いた。


「コマさんは、どうしてが恋じゃと気づいた?」


 コマはもみじを見上げた。山の古木の紅葉もみじを想って見上げた。

 今はもうない、美しかった紅葉。


「そう訊きたくなるのなら、もう、だ」


 むー、と口を結んで童子はコマにかじりついた。生まれて二、三百年は経っているかもしれないが、心はわらべのようなものだ。

 だが嫉妬してしまうならそれは、と覚悟を決めなくてはいけないのだろう。


「あ、ちゃんと常世とこよだね、よかったあ」


 またいいタイミングで健がやってきた。

 シシとコマは笑うのをこらえ、童子は真っ赤になってますますコマの髪に顔をうずめる。その様子を見た健が足を止めた。


「―――コマ、さん?」

「人で会うのは初めてか。よくわかったな」

「だって……なんとなく、そうかなって」


 健は笑って、手にぶら下げていたイガ栗を童子に差し出した。


「これ拾ったんだけど、ざーさんにあげる。いつも秋らしい着物を着てるから、僕も秋なおみやげを持ってきたかったんだ」


 童子はおずおずと振り向いた。ストンと地面におろされて、まだ少し赤い顔で健を見上げる。


「ありがとう……」

「今日の着物はイチョウだね。綺麗だなあ」


 やはり天然のタラシだ、とコマは確信した。童子はもう、モジモジして何も言えなくなっている。水縹みずはなだの流水紋様に銀杏いちょうの葉が散った、せっかくの着物も形なしだった。

 健は栗のイガを自分の手のひらにそっと載せ、軸を童子に持たせてやった。その気遣いもよし、とシシが向こうから採点していることなど健は気づくまい。

 シシはにこやかに探りを入れた。


「タケル、友達と一緒にここに来たね」

「はい、そしたらいつもと違ったからびっくりしちゃって。あれ、現世うつしよなんですね」

「ああ、おまえ以外の人の子はここには入れん」


 そうなんだ、とうなずいている健の腕に、童子はギュッとつかまった。うん? と見おろす健がその童子の行動をなんとも思っていないことが明らかで、シシもコマも見ていられなくなる。


「タケルは、女の子とも遊ぶのじゃな」

「そうだね、こーちゃん幼なじみだから。女の子と遊ばないんだと、ざーさんとも遊べないし……」

「……それは嫌じゃ」


 上目遣いに見上げた童子に、健はほっとして笑った。


「よかった。中学生にもなってそんなの変だって言われるのかと思った」

「タケルは変ではないぞ。とても……」


 童子は言葉に詰まって健から離れた。

 とても格好よい、と言いたかったが、言えない。指先でぶら下げたイガ栗を見つめてツン、とあごを上げるしかできない童子だった。

 その時、鳥居から声がかかった。


「これはこれは、噂の人の子にやっと会えた」


 そこにいたのは、化け狸の親分だった。







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