六 座敷わらしのレゾンデートル


 神社のもりとはいえ、歩いてみればごく普通の雑木林だった。十月ともなればあちこち秋めいて、よく見ればアケビやカラスウリがぶらさがっている。

 だが童子わらしたけると歩くことが嬉しくて周りなど気にしていなかったし、健は健で着物に草履でピョンピョン歩く童子が転ばないのか気になってそれどころではなかった。


「ざーさんは、神社に来る前どこにいたの?」

町中まちなかのお屋敷じゃ」


 童子はすっかり地のままに喋ることにしたらしい。お姫様みたいだと言われたのが気に入ったのか。


「なにかいくさのあった後、新しい事業とやらで一山当てたそうじゃが、それで屋敷を売り払って都会に行くことになってな」

「引っ越しちゃったのか」

「屋敷がそのままならわれは居続けてもよかったのじゃが、大きくて古い屋敷じゃ、時代に合わぬとかで壊された」

「ええ、ひどいなあ」

「そんなものじゃ。それでそうなる前に、屋敷で仲良うしていた娘が、我を神社に託してくれたのじゃ。その娘も、その時には老女だったがの。家付き娘で婿むこをとって、ずっと我を大事にしてくれていた」


 懐かしそうに微笑みながら童子は言う。

 戦とはいつの何だろうとか、家付き娘とはどういうことかとか、健にはよくわからないこともあったが、童子がその頃も幸せだったことがわかって健は安心した。


「その娘はシシさんコマさんとも仲良しだったのじゃ。人の身でそんなのは、以来タケルしかおらぬな」

「そうなんだ。僕はまだ仲良しってほどじゃないけど、みんなのこと好きだよ。シシさんはいいお兄さんだし、コマさんはモフモフだし」

「二人とも姿を見せてくれているのだから、じゅうぶん仲良しじゃ。タケルが常世とこよにいるのを許しているのだもの」

「とこよ?」


 健は首をひねった。童子は健の知らないことをたくさん知っていて面白い。


「今いるここはうつつ石座いすくら神社とは違うのじゃ。少し、ずれているというか」

「次元が違うとか、そういうこと? うっわSFっぽい」

「えすえふ、が我にはわからぬ」


 今度は童子が首をひねった。健にも教えてあげられることがあって嬉しくなったが、そういえばSFってなんだろう。うまく説明できそうになくて困っていたらご神体の大岩に着いてしまった。


「ここよりはまことの神域、禁足きんそく地じゃ」


 童子が足を止め、健もならった。

 岩の手前には柵があり、紙垂しでのついた縄が渡っている。岩そのものにも太くあざなわれた注連縄しめなわがかけられていた。


 健の背丈を越える大きさのその岩はどっしりと静かで、周囲の空気は清冽だ。

 こんな岩に成るまでの時と変成、この場所に至るまでの変遷を思えば、昔の人が神宿るものと考えたのもむべなるかな。

 健には難しいことはわからないが、なんとなく神々しさを感じて手を合わせこうべを垂れていた。


「そう。敬う心があれば、それでよいのじゃ」


 この杜のある山を北にたどれば雨降山あふりやまがある。そこにおわす阿夫利神あふりのかみ末端はずえが、この石座神いすくらのかみなのだそうだ。


「神様にも、いろいろあるんだ」

「当たり前じゃ。天津神あまつかみ国津神くにつかみ八百万やおよろずの神々のおわす国じゃもの」


 ふーん、とうなずきながら健は、帰ったら調べてみなくちゃと考えていた。神話は神話だと思っていたのに、こんなに身近な話になるとは。


「で、ざーさんはどういう立場なの」

「我は神ではないぞ。あやかし化生けしょうたぐいゆえ」

「けしょう」

「ふと、そこに現れるのじゃ。我はきっと人の想いから生まれたと思うておる」


 童子は瞳をきらきらさせて空を見た。


「亡くした子を想い、幸せであってほしかった、あの子がいれば幸せだったのにと、たくさんの祈りをこめたのであろ。その祈りから生まれたのが我じゃ。だから我がいる家は幸せになるし、我は大切にされて幸せなのじゃ」


 健も童子と同じく空を見た。まるでそこに、童子を生んだ、子を想う心が揺蕩たゆたっているような気がした。


「―――座敷わらしって、素敵だね」

「そうであろ」


 童子は腕を後ろにツイと組んで、得意げに笑った。応えて健も笑う。


 笑い合う二人のことを、すぐそばの藪の中から見つめる目があった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る