五 今どきの座敷わらし


 童子わらしの話し方は大変に時代がかっている。だがたけるにはまだそれを隠していた。無理をするなとコマに言われても、どうにも恥ずかしいのだ。


「だって、今どきの子のタケルが引くのではないかと」

「なになに? ざーさんの喋り方ってちょこちょこ面白いと思ってたけど、ほんとはどんななの?」


 童子としては頑張って健に合わせようとしていたのだが、付け焼き刃ではどうしようもなく、バレていたらしい。

 健にせがまれて焦れ焦れした童子はさんざん逡巡した末に、自棄糞やけくそで叫んだ。


「そのように申しても、今のおのこたるタケルにいとわれるであろ。それは嫌じゃ!」


 ぷるぷると肩を震わせて、童子はむっつりと下を向く。だが健は目をぱちくりさせて拍手した。


「すごい、時代劇のお姫様みたい!」

「おひ……」


 童子はまたボフン、と赤面し、健を見つめて固まった。

 やはりこ奴、タラシじゃないかとコマは口をへの字にする。もっとも犬の姿ではわかりづらいのだが。


「わ、われはそのような者ではない。いつも奥座敷で大切にされていたゆえ偉そうに聞こえるかもしれぬが、ただのわらべなのじゃ」

「うん、全然偉そうなんかじゃないよ」


 ツンとあごを上げて言いつのる童子の頭を、健はにこにこしてなでた。

 この七歳ぐらいの姿形でやられるから、こんな物言いも子どもの突っ張りに見えて微笑ましいが、もし大人の姿になったら、というところまでは健には想像できていなかった。


「あれ、でもこの神社、お座敷なんてないよね」


 健が気づいて辺りを見回すが、その通り、座敷どころか小さなお堂が一つあるきりだ。宮司の姿をしたシシが苦笑いした。


「ここは石座いすくら神社、ご神体は裏のもりの大岩だ。山と杜そのものがうちの神域なのさ。お堂はまあ、形ばかりだね」

「へええ」

「おかげでな、我はこうして外で遊べる。昔は座敷から出られなかったのじゃが。ここに来てよかった」


 童子は楽しげにくるくると回ってみせた。

 陽の光と風にきらめく黒髪は、元気な童子によく似合う。だが少しも日焼けしていないしっとりした白い肌は、なるほど座敷に籠っていたせいかと納得できた。


「私も童子を迎えてよかったよ。おかげでお金に困らなくてお堂は朽ちずに済んでるし、山も豊かだ。さすが座敷わらしだね」

「いやあシシさん、そんなあらたまって言わずともよいのじゃ。我もシシさん、コマさんと遊べて嬉しいぞ。そのうえタケルまで来てくれて、言うことなしじゃ」


 シシは童子を抱き上げて、愛おしそうに頬ずりする。キャッキャと笑う童子と二人、まるでずいぶん若い父と娘のようだった。

 シシの腕の中で童子は振り向いた。


「のうタケル、大岩まで行ってみるか?」

「ご神体? 行っていいの?」

「もちろん。ちゃんとお参りする道もある」


 シシにおろしてもらった童子はタケルの手をつかんで駆け出した。お堂の裏側の笹籔に、確かに小道が隠れている。

 この前ご祈祷に来ていた家族はここに姿を消した。あれは杜の木霊こだまのお宮参りだったので、木の芽の赤子の成長を願った後、ここからそのまま杜に帰ったのだった。


 二人は手をつないで杜に足を踏み入れた。





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