第16話
暖かい春を感じさせるような、うららかな日。
レナードとセシリアが、メルロ国の大聖堂で結婚式を挙げる佳き日でもある。
「あぁ、シア・・・なんて美しいんだ」
レナードが花嫁衣裳に身を包むセシリアを見て、うっとりとした蕩ける様な眼差しで、頭のてっぺんから足の爪先までじっくりと舐める様に眺めている。
「リオ・・・なんか、その目線はイヤらしいわ」
そう言いながら、恥じらうように顔をそむけるセシリア。
「あははは、仕方がないよ。だって、頭の中はイヤらしいことばかり考えているからね」
臆面もなく言い切るレナードに、さらに顔を真っ赤にするセシリア。
「だって、やっと結婚出来て、やっっと!愛する人を心身共に手に入れることができるんだ。少しくらい浮かれてもバチは当たらないさ」
ドヤ顔のレナードにセシリアも可愛らしく微笑む。
「そうですね。私もずっと我慢してたもの。とっても浮かれてるわ」
可愛らしい笑顔なのに言葉は艶を含み、そのアンバランスさがレナードの理性をいつも刺激してくるのだ。
婚約してから知った事。セシリアはやはりあのサンドラの娘だったという事を。
婚約前はレナードがまだメーガンと婚約中だった事もあり、適切な距離感を持ってのお付き合いをしていた。
だが、無事にメーガンとの婚約を破棄し、念願叶いセシリアと婚約したとたん、どちらかと言えばセシリアの方が積極的にレナードに迫ってくるのだ。
所謂、見た目は草食系。中身は肉食系というやつだ。
父親似だと思っていたセシリア。だが実は、サンドラとそっくりだったという事に初めはレナードも戸惑っていたが、見た目とのギャップに更に惚れ直し、二人が居る所はいつも桃色の空気が漂い始める。
使用人達も心得たもので、お茶の準備が整うと、新鮮な空気を求め離れた場所で待機するのものだから、レナードとセシリアのイチャイチャでさらに空気が激甘になっていくのだ。
そんな二人が待ちに待った、結婚式。
本来は厳かな空気漂う大聖堂なのだが、それはセシリアが父親であるハロルドと入場してきた時までだった。
セシリアの手をレナードに渡した瞬間、息が詰まりそうな厳かさが一瞬にして花が舞う甘い空気に変わってしまったのだから、二人の愛のパワー、恐るべしである。
参列者は本当にごくごく親しい人達しか呼んでおらず、だが、その人達はこの国にとって最重要人物ばかりだったりする。それは国王夫妻を筆頭に。
そんな参列者の中には、ユーリン王国第二王子アミールとタナビ国ティラー公爵令嬢メーガンもいた。
実はこの二人、先日婚約したばかりで、一年後には結婚が決まっている。
宝石を見に行くと言ってタナビ国を出て、それから一度も祖国へは帰っていないメーガン。
相変わらず採石場に足を運び、皆と一緒にハンマーと
意外な事に彼女の鑑定眼は本物らしく、彼女が目利きした宝石は軒並み高額な値が付き、世界中の高位貴族に面白いように売れていった。
そして彼女独自のブランドを立ち上げ、レニー商会がメーガンと契約し独占販売している。
勿論、メーガンにブランドを立ち上げるよう助言したのはレナード。
金の匂いを敏感に嗅ぎつけ、話を持ち掛けた。
メーガンが立ち上げたブランド名は『メージュ』
ユーリン王国に伝わる古語で『宝石』という意味を持つ。
アミールが愛情を込めてメーガンをそう呼ぶようになり、それがそのままブランド名になったのだ。
その言葉の意味をメーガンが理解しているかは、はなはだ疑問ではあるが・・・
だが、確実にメーガンは変わった。
アミールが何かしたというわけではない。宝石の原石に興味を持ち、それに関わる人達、流通までの過程、そしてお金の流れ。
貴族ならば誰でも習う事を、鉱山に関る人達に例え説明したらしい。そう、ただ説明しただけなのだ。
それが彼女の中でどのように理解されたのか。
誰の言葉にもあれほど聞く耳を持たなかった彼女は、アミールの言葉には素直に頷くようになったのだという。
――・・・ティラー公爵も広大な領地を持ち、領民を抱えている。
そして、領民が納める血税。
アミールと共に仕事をしていくうちに、メーガンの中でこれまでの自分の行動を顧みることができたのかもしれない。―――と、あくまでもレナードの考察なのだが。
今はそんな彼らの事などどうでもいい。レナードはやっと妻となった、愛しいセシリアに夢中なのだから。
誓いの言葉を、そして誓いの口づけを、蕩ける様な眼差しで互いを見つめ合い、神に誓う。
これから長い時間を二人寄り添い生きていく。
でもきっと、昨日より今日。今日より明日。降り積もる様に愛していくのだ。
大事な大事な、初恋の愛しい人と。
愛しい人を手に入れるまでの、とある伯爵令息の話 ひとみん @kuzukohime
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