第8話

秘蔵していた宝石の中に、侯爵家へ贈るのにぴったりな物があり、早急に用意した渾身の賄賂。

宝石の力を借り、侯爵一家の心を一瞬で鷲掴みにしたぺルソン伯爵一家は、さっそく本題に入った。


「単刀直入に申し上げます。私、レナード・ぺルソンはセシリア・クレメント侯爵令嬢を愛しております。私の婚約破棄が成立するまで、セシリア嬢には婚約者をつくらないでいただきたいのです」

あまりにもあけすけで傲慢で遠慮のかけらもないレナードの物言いに、さすがの侯爵夫妻も絶句した。

「昨日婚約したばかりの私がこのような事を言うのは、不誠実で間違っている事は重々承知しております。しかし私は、セシリア嬢を失いたくないのです」

冗談ではなく真剣そのものであることは、レナードの目を見れば分かる。そしてかなり必死な事も。

ぺルソン伯爵夫妻も誰一人として表情を崩さず、どちらかと言えば鬼気迫るものがあった。

困惑と嬉しさを綯交ぜにしたした表情のセシリアを尻目に、ハロルドは居ずまいを正し「お聞きしましょう」と話を聞く事にしたのだった。


淡々とこれまでの経緯を話すダニエル。だが、言葉の端々には怒りが見て取れて、どれほどの屈辱をもってこの婚約を受け入れたのかを想像する事ができた。

そして、ただ拒絶するだけではなく相手に大きな打撃を与える為、復讐する為にこの婚約を受け入れた事にもレナードのしたたかさと腹黒さが窺える。

「この婚約を受け入れた経緯は承知しました。ですが、会場で一目見ただけのセシリアをどうしてそこまで求めるのでしょう?うちの娘は確かにサンドラに似てとても美しく優しい子です。しかし、一目見ただけで内面まではわからないものでしょう?」

しごくまっとうな問いにダグラスは「信じてもらえるかはわかりませんが」と困ったように笑った。

「我が一族は、自分の伴侶となる人を、目を合わせた瞬間にわかってしまうのです。そして相手も、同じように感じるのだそうです」

何ともにわかには信じられないその言葉に、クレメント一家は首を傾げる。

「信じられないでしょうね。私も父や祖父から聞いてはいたのですが、信じていませんでした。ですが、私は妻と会った瞬間わかったのです。この人なのだと」

ダグラスは自分が体験した事を例に、ぺルソン伯爵家の秘密とも言えない秘密を打ち明けた。

その話に「何とも物語の様な話で信じられないが・・・娘から昨日聞いた話と照合すれば、納得もいく」と、ハロルドは瞑目する。

そう、セシリアはレナードと一瞬だが目が合ったと言っていた。その瞬間、魂が惹きつけられたように彼を好きになったと言っていたではないか。

少し考え込むようにしていたハロルドだったが、納得したような表情で「わかりました」とあっさりと頷いた。

それには正直、ぺルソン伯爵家の方が驚く。

不誠実極まりない要望に、荒唐無稽な理由。こうもあっさり許可が出るとは思わなかったのだ。

感極まったように、そして安堵したように「有難うございます」とぺルソン伯爵夫妻とレナードは、深々と頭を下げたのだった。


そしてそこからは、いかにメーガンから婚約破棄を言わせるか。

破棄した後、ぺルソン伯爵家がどうするのか。

又、セシリアとレナードとの交流をどのように進めるか・・・などの話に、つまりは作戦会議へと移行したのだった。





メーガンがレナードと婚約してから、半年が過ぎた。

始めはレナードの美しさにべたべたしていたメーガンだったが、あまりにあっさりとした態度と、好きに買い物ができない苛立たしさに、今では顔を見る度に罵声を浴びせるほど険悪になっていた。

どんなに口汚く罵っても、当のレナードは気にした様子もなく、反対に「この分では、我が家に嫁ぐ事は夢のまた夢かもしれませんね」と反撃してくるのだ。

それを聞くたびメーガンはキーキーと騒ぎ立て、父親である公爵や彼女に甘い祖母に窘められていた。

昔の様にちやほやしてくれなくなった家族。レナードと婚約してからというもの、厳しい家庭教師が付き、特にマナーや一般常識をこれでもかというほど教え込まれていた。

だが、メーガンは何故今更こんな事をしなくてはいけないのかがわからない。


私が生きているだけで、お父様達は幸せだと言っていたのに。

私が着飾る度に、可愛いね、綺麗だねって言ってくれていたのに。

今更、あれはダメこれもダメなんて、我慢できるわけないじゃない!

レナードと婚約したのだって、お金が沢山あるから公爵家にいる時よりも、もっともっと買い物できるって言われたからよ!

でなきゃ、下賤な伯爵家になんて嫁ぐわけないじゃない!


今日も今日とてイライラが治まらないメーガンは、高級ブティックへと足を運ぶ。

ぺルソン伯爵家からの今月の予算は、月半ばにして使い切っている。

これからの買い物の支払いは公爵家と王家へとまわされていくのだ。

そのような状態が半年も過ぎれば、公爵家にも王家にも焦りが見え始めてくる。

金の使い方も婚約してからというもの、常識では考えられないくらい荒いものになっていた。

ぺルソン伯爵家から支給されている婚約者予算も、それこそ公爵家で常に支払っていた金額の1.5倍ある。

それに加えてはみ出した金額というのが、これまで公爵家で払っていた金額と何ら変わらないのだから、美味い思いをしているのはメーガンだけなのだ。

この婚約が持続されているのも、恐らく今まで以上にお金が使えるという、ただそれだけなのだろう。

正に、薄氷を歩いている、そんな状況。

公爵家と王家は戦々恐々としながら、メーガンを矯正する為に色々仕掛けていくのだが、それが全て裏目に出ていることなど気付きもしないのだった。


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