第4話

これまで恋人と言う存在を、レナードは作った事がなかった。

自分の容姿と財力に群がる女性は、それこそ沢山いた。

だが、欲を吐き出すために適当な女性と・・・と言う事をしなかったし、何故かしたいとも思わなかったのだ。

一度、悪友に連れられて娼館に行ったこともあったが、常に向けられる欲望に満ちた目をする見ず知らずの女に、べたべたと身体を触られる事が気持ち悪く、数分も経たないうちに店を後にしてしまった。

自分は女に欲情しないのか・・・と、一時は悩んだこともあったが、娼館に誘った悪友の「人それぞれだろ」と言う一言で「そうだな」とあっさり納得してしまってからは、余り考えていない。

自分は自分なのだから、と。


留学中ではあったが、本来三年は通わなければならない学園も、飛び級し一年足らずで卒業。

残り二年は、立ち上げた商会に専念した。

女を漁るよりも、ずっと有意義で楽しかったからだ。


だが帰国して、まさかこんな目に遭うと思わなかったけどな・・・


憂鬱な婚約発表も終わり、もっと一緒にと騒ぐ婚約者となったメーガンをサラッと無視しその場で別れ、家族と共に馬車に乗り伯爵家へと向かった。

その道すがらレナードは食い気味に父親でもあるダニエルに、メルロ国に婿に入ったタナビ国出身の貴族の事を聞いた。

「あぁ、ハロルド殿の事か。彼はこの国のキャベル侯爵家の次男だったんだ。メルロ国に留学した時に第三王女でもあるサンドラ殿下に見初められてね、メルロ国に婿に入ったんだ。今はクレメント侯爵だよ。ちょうど里帰りしていたみたいでね、今日のパーティーにも参加して下さって挨拶させてもらったよ」

「では、あの水色の髪の令嬢は、クレメント侯爵令嬢?」

「そうだよ。リオ、もしかしてセシリア嬢の事・・・・」

「セシリア嬢というのか・・・・父さん、俺、セシリア嬢に一目惚れしたんだ。彼女には恋人とか婚約者はいるのかな?」

どこか余裕のないレナードに、ダニエルは驚いたように目を見開き、ニヤリと笑う。

「リオ、お前は先ほど婚約を発表したばかりなのに、いいのか?そんな事を言って」

「遅くとも一年後には向こうから婚約破棄を言わせるつもりだし、その為の契約だからね」

「だが、クレメント侯爵にはそんな事情は関係ないだろ?大事な一人娘に、婚約したばかりの男が近寄ってくるなんて、そんな不誠実な男に娘は会わせんだろうなぁ」

「そうならないために、家族の協力が必要だんだ。すぐにでも侯爵が滞在している所に訪問がしたい!実家にいるの?」

「キャベル侯爵所有の別邸に滞在中だ。仕方がないな。すぐに手紙を出そう」

本来父親であるダニエルは、いくら一年後に婚約を解消すると言っても未確定なのだから、レナードを止めなくてはいけない立場だ。

だが、ダニエルだけではなく、ペルソン伯爵家総意の元、婚約解消後はこの国を捨てるつもりでいる。

その先がメルロ国でもいいだけの話。べつに爵位など無くても良い。

ただそうなればクレメント侯爵がどう言ってくるのかは分からないが、当主であるハロルド自身余り爵位に頓着していない所が昔からあったと覚えている。

「確かセシリア嬢は一人娘だから、婿をとるはずだ」

「問題ないだろ?父さん」

あっさりと跡継ぎである事を放棄する息子に、苦笑いを隠し切れないダニエル。

まぁ、これも血筋なのだろうな・・・と、「わかったよ。家はブレッドに継がせよう」とこれまたあっさりと頷いた。


ダニエルにはレナードの他に次男のブレッド十六才と末娘のエレン十五才がいる。

妻のマリーとは大恋愛の末の結婚だった。

元々マリーには別の婚約者がいた。だがその男というのがクズで、マリーが強く言えない立場なのを良い事に浮気しまくっていた。

マリーは伯爵家の長女ではあったが、先代が作った借金でかなり苦しい生活を強いられていたのだ。

其処に目を付けたのが同じ伯爵家でもある、女好きで有名な子息だった。

当時、マリーの美貌は社交界でも有名で、借金を肩代わりに婚姻を申し込む男もそこそこいた。

だが父親である当主がそれを全てお断りしていたのだ。借金の代わりに売られる様に嫁ぐなど、先の未来が容易に見えてしまう。

そんな家族の優しい気持ちを胸に、貧しいながらも幸せな日々を送っていたのだが、理不尽な罠に嵌められマリーはクズで不誠実な子息と婚約せざるを得なくなってしまったのだ。

それからのマリーの生活は、辛いものだった。

婚約者が外出する時には必ず呼ばれ、まるで使用人の様に付き従わせる。いや、まさに使用人の扱いだった。

自分は両腕に美しくも派手な女を侍らせ、マリーはその後ろを荷物を持たされ、付いて行くのだ。

そんな生活が半年も過ぎた頃、婚約者が『エステル商会』を訪れた。

当然、マリーも後ろから付いて行く。

エステル商会は世界規模で店を展開しており、手に入らないものはないと言われるほど貴族から庶民まで幅広く人気があり、なくてはならない商会となっていた。

そして、なんという偶然か。彼等が入った店にたまたまダニエルが来ていたのだ。

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