第3話

伯爵家からは、資金面の事も一月いくらという婚約者予算を快く条件に入れた。―――これが、伯爵側の譲歩である。

予算金額からはみ出した分は、公爵家または王家が支払うと言う条件を飲ませて。いわゆる連帯保証人のようなもの。

王家も口を挟んでの婚約騒動。当然、責任の一端は担ってもらうつもりで巻き込んだ。我関せずという顔をされては、余りにも無責任すぎる。

これまでの彼女の金使いで、一般常識が麻痺している公爵家。

伯爵家が提示した金額もかなりの額だった為、予算オーバーしても微々たるものだろう軽く考えているようだ。

そしてこの契約の要ともいえる重要な条件。メーガン有責の婚約解消または破棄になった場合、賠償金として予算として宛がった金額を倍にして返還してもらう事。

婚約を解消した場合、二度とレナードとは関わらない事などが盛り込まれている。

その他にもレナード有利の条件が幾つも並べられたが、公爵家は余裕の表情で了承したのだ。


―――婚約が解消にならないという自信は、何処からくるんだ?

まぁ、その愚かな自信のおかげでこちらに有利な条件を飲ませる事が出来たんだがな。


茶番の様な婚約発表。

レナードは壇上から冷静に周りを見渡した。

目に見えるのは、誰もがこの茶番に乗っかり楽しんでいる馬鹿な貴族ども。


そんな彼等を冷めた目で見ていると、吸い寄せられるかの様に一組の家族に目が留まった。


其処だけ、まるでスポットライトが当たったかのように輝き、周りの貴族達もチラチラと見ているものの、遠巻きにしているだけで近寄る気配もない。

この国の王家よりも、遙かに高貴さと威厳を醸し出しており、要は、気後れして声を掛ける事が出来ていないのだ。

まぁ、人身御供のように己の手に負えない不良物件を押しつける王家と比べるまでもないのだが・・・


レナードもまた、目が離せなかった。

特に両親と思われる人達の隣に立つ、令嬢から。

艶やかで光を浴び輝く湖面の様な美しい水色の髪に、静謐な月を思わせるような金色の瞳。

白い肌を際立たせるようなロイヤルブルーのドレスには金色の刺繍が施されており、よく似合っていた。

また、ほんのりと色づいた頬と果実の様な可愛らしい唇は瑞々しくも若々しい。

しゃんと伸ばされた背筋、立ち姿は美しいの一言しかない。どこぞの王女と言われてもおかしくないほどに。

彼女の隣に立つ男女もまた目を惹く容姿をしていた。

父親であろう男性は、烏の濡れ羽色のような黒髪に令嬢と同じ金色の瞳。

母親であろう女性は、令嬢と同じ水色の髪に瑠璃色の瞳をしていた。


この国では珍しい水色の髪はメルロ国特有のもので、レナードは父親から聞いた話を思い出した。

このタナビ国から東に位置する隣国、メルロ国。その第三王女の許に婿として入った我が国の貴族がいると。

レナードが留学していたのは西に位置する隣国だったので、彼の国には商売関係で、一、二度しか尋ねた事が無かった。


あぁ・・・何て美しい・・・


ずっと見ていたいのも山々だが、余りあからさまに見つめていると相手方に迷惑がかかるだろうと、無理矢理視線を外そうとしたその時、一瞬だが彼女との視線が交わって気がした。

勘違いかもしれない。

だがその瞬間、レナード自身でも信じられないほど、互いの瞳に互いの姿を映す事が出来た喜びと、あの一瞬で彼女に心を奪われた事に驚く。

確かに美しい方だと目は奪われた。だが、それだけだったはずだ。

それなのに、目が合っただけで・・・いや、合っていたかも定かではないのに、この胸の高鳴り。

そして、生まれて初めての甘く痺れるような感情に酔いしれた。


彼女を手に入れたい・・・


婚約を発表したその日に他の女性に心を奪われるなど、令嬢達に人気の恋愛小説の浮気者のヒーローのように不誠実ではあるが、自分には関係ない。

この契約を受けた時からレナードの中では、遅くても一年後に婚約破棄をメーガンの口から言わせるつもりだったのだから。

その前にやらなければいけない事が増え、頭の中で計画を練る。


あの時、父の話をちゃんと聞いていればよかった・・・


彼女の素性をまずは把握し、すぐさま手を打たなければ誰かに先を越されてしまう。

婚約者はいるだろうか?恋人は?

そんな事を勝手に考えては、勝手に嫉妬する。

初めてだった。誰かを想い振り回される感情が、心地よいと感じたのは。

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