軟体妖の囲い方(2)
研究所という名目で旧別荘があてがわれたことに関して、最初アレンは不満も覚えたが、使いようによっては利点もあることに気が付いた。
広い屋敷には部屋が余っており、小さな魔獣ならそこに格納することができたのだ。勿論、展示場が完成すればそちらに移すことになるが、仮の飼育場所兼観察場所としては丁度良かった。
「
捕らえられた魔獣を見て、ナオミは満足そうに頷く。その横顔にアレンが答える。
「まあそいつらは比較的小柄で大人しくて、生態もある程度分かってるからな。飼育の初歩としてはこんなとこだろう」
「でもこれだけだとちょっと寂しいよね」
「『国力を誇示する』っていう目的には程遠いな」
「それもそうだけど。やっぱり色んな種類の子を見れた方が楽しいじゃない?」
「楽しいか楽しくないかはどうでもいいんだが」
能天気な物言いに呆れながらアレンは頭を掻く。
「ただここにいる連中にしたって、展示方法にも気を使わなくちゃならない。例えば
「無理。飛んで逃げちゃうもん」
ふるふると首を横に振るナオミ。
「そうだな。じゃあ首輪に鎖でもして縛り付けるか?」
「えーっ! それじゃ可哀想だよ!」
捕まえて閉じ込めておきながらどの口が言う、とアレンは思った。
「可哀想かどうかはともかくこれはよろしくない。これじゃ魔獣を展示する意味が無いからだ。生きたものを展示する以上、その生態がある程度観測できる状況じゃないと駄目なんだ。動かない展示であればいいのなら、それこそ剥製にしてしまえばいい」
「だから飛べるだけの空間を確保しつつ上空に逃げられないような工夫が必要だ。イメージは巨大な鳥籠といったところか。大きすぎても肝心の魔獣が観測できないと意味が無いからそこはバランス調整が必要だがな」
「じゃあ
「
それならそうと技術班には早く申請しなくてはならないが。そうも簡単に行かない。
今後どのような魔獣が展示可能かまだ見通しが立っていない。建物の大きさも強度もはっきりと決めることがまだできないのである。
それは飼育の点も勿論だが、そもそも捕まえてくることが可能かどうかの問題もある。
尽きない悩みに頭を痛めるアレンだったが、そこで遠くから近寄って来る足音に気が付いた。
「お二人とも、本日の物資が到着しました」
快活な声はサラのものだった。
「いちいち報告してくれなくてもいいぞ。検品と搬入の仕方は教えたろ?」
「それが……珍しいものがあるので室長に確認をお願いしたくて……」
困ったように言うの聞いて、アレンとナオミの二人は不思議そうに顔を見合わせた。
――――。
「ようアレン! ナオミ! 元気してたか!」
研究所を出ると、物資を積んだ荷車の前に見知った顔があった。
ケイン・ハストール。五年前に集結した大戦を、アレンたち共に戦った仲間である。
「ケイン、どうしてここに……?」
驚いた表情でそう尋ねたのはアレンだった。彼は憲兵としてリーネ村に配属されたのではなかっただろうか。問われたケインはニッと白い歯を見せて笑う。
「お前が奮起したんだ。俺もなにかしてやりてぇと思ってな。調達部に志願したんだ」
調達部。魔獣園計画に関わる重要な部署である。日々の生活の為の必需品は勿論、建設や研究に欠かせない設備や物資などを研究所へ運搬するのが主な役割である。
そしてなにより重要な、展示対象である魔獣そのものの調達も彼らの業務である。当然ながら魔獣の捕獲には大なり小なり危険が伴うので、構成員の多くは憲兵を含む軍事従事者から選定された。もっとも、ケインのように自ら志願したものは極少数だろうが。
「ま。田舎でのんびり過ごすのも悪くないが。お前らが頑張ってるのを思えばな」
「助かる。それで、今日は……?」
アレンは訝しげに荷車を見る。先程サラが零した珍しいものという言葉を思い出す。調達部がわざわざ足を運んでいることから、その中身は想像に難くない。
「予定には無かったんだがたまたま出くわしてなぁ――」
ケインが荷車から木樽を一つ下ろす。一度開けた樽にもう一度封をして、麻縄で固定してるようである。ケインはその縄をナイフで切り封を解く。樽をひっくり返すと、中から何かが零れ落ちた。
それは粘性の強い水の塊のようであって、地面に落ちたあとうねうねと小さく脈動していた。
「これは、
半透明の身体。他の生物と似ても似つかない姿形をしていながら活動する奇妙な生き物である。その生息域の所為か一般には見られる機会は少ない。
「北の洞窟で捕まえた。こいつも魔獣なんだろ?」
「あ、ああ。紛うことない魔獣の一種だ」
「すごい! まさに魔獣ですね」
言ってサラは、とめる間もなく
「よく
感心したような呆れたような表情をアレンは浮かべる。
「ひんやりして気持ちいいですよ?」
「いかん!」
と、いつからそこにいたのかクレイマン老人が唐突に声を荒げた。
「そいつの身体は服を溶かすぞ!」
「どえぇ!?」
慌ててサラは持っていた
「ほっほ。冗談じゃ」
「専門家の冗談は洒落にならないっつーの」
第一人者の発言はそれと知らない者からすれば全て真実となってしまう。しかし少し考えてみれば、服を溶かす程強い酸性を持っているのならば、少女が直に触れた時点で異常を覚えるはずである。
「お前も、よく知らないものに気軽に触れるな。毒があったりどんな抵抗してくるか分からないからな。特に魔獣は分からないことだらけなんだ」
「す、すみません……」
頭を下げるサラ。少し強い言い方になってしまったが、彼女自身を守るためでもある。魔獣を前にして考え無しな行動は、本当の意味で命取りになりかねない。
地面に落ちた
「おりこうですね」
「違う。
「日向を? 光が苦手なんですか?」
「というより熱じゃな」
みんなの視線が老人に集まる。
「見てわかるように
「北の洞窟はまさにそんな感じだったぜ」
「まあ展示に適してるかどうかは分からんがとりあえず捕まえてきたってわけだ」
「ありがとうケイン! こんな珍しい生き物、きっと園の目玉になるよ!」
ナオミが万歳して讃える。
見た目は地味だがな、という気持ちをアレンは心の中に押しとどめる。物珍しいものであることは違いない。あとは飼育と展示をどう行うかである。
横目で老人を見ると、それだけで彼は意図を察して応える。
「こやつらは生物的にはわりかしタフじゃ。環境さえ整えれば長生きするじゃろう。ただし飼育した事例は無いがの」
ともあれ。
園に新たな仲間が追加された。珍奇な生物、
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