第3話

息が苦しい。熱っぽさもあるけど、風邪ではない。台風の前後は、いつもこう。苦しいなぁ。でも、いつものこと。

先々月から、漢方薬を再開した。でも、効いてた漢方薬は、世界情勢により入荷困難な状態らしい。そんなことあるのかよ、プーチン。鈍い頭痛もいつものこと。喘息になると、浴槽に浸かっている時だけ、呼吸が楽になる。一日中、浸かっていたいけど、そうもいかない。陸では、少しでも呼吸が楽になりたくて、湯気のある飲み物に顔を近づける。



カサイ君と2人で表参道を歩いている。デートではない。断じて、ない。

ヒナコの作品展に向かっているのだ。ヒナコは年に2回、グループ展をする仲間がいる。年齢はバラバラで、ヒナコが一番若い。一番の年長者は、球体人形を作る30代主婦のサナエさん。ヒナコは、学校では油絵しか描かないのに、作品展では色々な作品を出展している。ポストカードサイズの水彩画もあるけど、発泡スチロールを削ってゴテゴテにデコったり。映像を流したり、新聞を使って球体を作ったり。意味はわからないけど、面白い。


「カサイ君は、出展しないの?」

自分用と、ヒナコへの差し入れを買うために寄ったスタバで聞いてみた。折角の作品展だから、贅沢にスタバ。スタバ。ちょっと、浮かれているのは自分でもわかる。

「お金ないんで。僕は材料費がかかるから」

そうだった。出展するには、部屋代を人数で割るのだ。ヒナコは、もしかすると材料費がかからないからあの作品なのか。いや、きっとそれだけじゃない。ヒナコは、作りたいものしか作らない。

正直、カサイ君はどうでもいい。表参道を歩くのが単純に楽しい。欲しい服を見つけても、買うことは出来ないけど。デザインを参考に、自分で頑張って縫うことはできる。


「来たよー。スタバで買ってきたよー」

ブースの入り口から、ヒナコに声をかけた

「イノウエが来ていたみたい」

イノウエ?一瞬、脳がバグったけど。美術部の顧問のイノウエか。

「感想ノートに名前があった。しかも、名前だけ。あぁぁ」

え?何?意味がわからず、私はカサイ君を見た。

カサイ君は、ヒナコを見ていたけど口は開かなかった。

「たぶん、あまり良くないってことだと思う。わざわざ、ここまで来て名前だけって。嫌味だなぁ」

そんなもんなのか。嫌味と言いつつ、いつもより少しテンションが高いヒナコ。アイスコーヒーを飲みながら、ヒナコの作品を静かに見つめるカサイ君。イノウエの目に映るヒナコの作品と、カサイ君の目に映るヒナコの作品は、きっと違うのだろう。

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