第5話 悪魔の化石

その日帝都は沸いた。海外の高名な博士が提唱した進化論の証明となる始祖鳥の化石が帝都博物館で展示されるのだ。帝都博物館の館長である織部悠は大変喜び関係者を招いたパーティーを催し、化石を借り受けるのに力を尽くしてくれた人々をねぎらうことにした。

「じつに楽しみですな。まさか太古の宝物をこの目で見ることができるとは」

「化石とは思えぬほどの美しい逸品だとか」

「しかし困った噂もあるとか」

「というと」

「なんでも始祖鳥の化石というものはかの進化論を証明しうるものらしいですぞ。進化論が気に食わない教会としては目の上のたんこぶですな」

チャイム音

「皆様お待たせいたしました。これより始祖鳥の化石のお披露目をさせていただきます。どうぞ」

司会の合図とともに会場の正面に設置された目隠しがはらわれる。

「おおこれが」

「始祖鳥の化石とはこんなにはっきりと古代の姿を残しているのか」

「織部館長。あなたのご尽力のおかげですばらしいものがみられました」

「いえ私の力なんてたかが知れたものですよ。皆さんのご尽力あってのものですよ」

「またご謙遜を」

「続きまして当博物館より織部がこの始祖鳥の化石の解説をさせていただきます」

織部は始祖鳥の解説を最初から最後までとうとうと語り終える。

「これにて始祖鳥の化石の披露のほうを終わらせていただきます。ご清聴ありがとうございました。皆様には軽食をご用意しています。お時間の許す限りおくつろぎ下さい」


披露会の翌日、灰崎は朝食を食べつつ新聞を眺めていた。

「ふむ噂の化石の披露会は盛況だったようだな」

チャイム音

「こんな朝早くからお客様か。どちら様かな」

灰崎は朝食をキッチンに隠し玄関に向かった。

「お待たせいたしました。おやあなたはもしかして」

「ご存知ですか。お察しの通り私は織部と申します。帝都博物館の館長をさせていただいております」

「とりあえず中にお入りください」

灰崎は織部を応接間に案内し、お茶を出す。

「早速ですが本日はどのようなご用件でしょうか」

「ご存知かと思いますが当館では先日始祖鳥の化石のお披露目会を催しました」

「ええ、新聞で存じています。盛況だったとか」

「実はその化石に爆破予告が届いたのです」

「なんと」

「今朝博物館の裏口にはさまれていました」

「イタズラの可能性はないのですか」

「イタズラだとしてもあの始祖鳥の化石はA国から借り受けたものです。警戒しないわけにはいきません」

「道理ですね。ところでなぜ私にこのことを。私は化石にも博物館にも関わりはありませんが」

「博物館の理事の御1人である和藤伯爵がこういうことには灰崎子爵を呼ぶべきだとおっしゃられまして」

「はあそういうことでしたか」

なにか事件が起これば話頭から便利屋扱いにされることに灰崎は文句の一つも言いたくなった。なにかと世話になることが多いから実際には何も言えないのだが。

「来ていただけますでしょうか」

「わかりました。わざわざ来ていただいたのです。微力ですが行かせていただきます」

「ありがとうございます。時間も惜しいので早速」

2人を乗せた車は帝都博物館の裏口へと着いた。

「事情が事情なので裏口から入ることはご容赦ください」

織部について博物館の中へ入ると声が聞こえてきた。

奥に行くにつれその声は英語なまりの日本語の怒鳴り声だと気づく。

「とにかく警察を呼んでくれ。警備を増やすんだ」

「しかしそんなことをするとことが大きくなります。ひいては御国への悪い噂に繋がります」

「そんなことより始祖鳥の化石が大事だ」

織部は今怒鳴っている外国人がA国の外交大使で化石を運ぶ責任者であると小声で教えてくれた。

織部が帰ってきたことに気付いた警備員がこちらに走ってくる。

「館長お戻りでしたか。ウィリアム氏は意見を変えるつもりはないようです。警察を呼べ、軍を警備に呼べと言うばかりです」

「そのようだなどうしたものか」

「少し、私に時間をください」

灰崎は返事を聞かずにウィリアムにむかって歩き出す。

「始めまして。灰崎忠弘と申します。どうぞお見知りおきを」

「君は誰かね。君と今話している暇がない位見てわからないかね」

「もちろん存じています。私はこの件を解決する助力になればと参じた次第です」

「何を言っているかわからないが君が何とかしてくれるということか」

「はいその通りでございます。単刀直入に申し上げると予告状を出したのはあなたですね」

ウィリアムズは怒り心頭に達したように青筋を立てて怒鳴る。

「何だ貴様は。ふざけているのか。私がそんなことをする理由などないだろが」

「それがあるんですよ。そういえばA国ではカトリック教徒の人口が多いらしいですね。失礼ですがウィリアムさんはカトリック教徒でいらっしゃいますか」

「それが何か関係あるのか」

「カトリックというのは聖書を重要視するそうですね。私のような外部の人間からみれば少々異常なほど」

人間がこれ以上青筋を立てることは不可能ではないかというくらい憤怒の形相をウィリアムズはあらわした。

「貴様は私だけでなく神聖なるカトリックも馬鹿にするのか」

「いえ違いますよ。その反応を見るにあなたはカトリックのようだ。それも生粋の」

「だったらどうした」

「いえ少し不思議でして。先ほども言ったようにカトリックでは聖書を重んじます。その聖書の記述と相反する可能性のある進化論、その証明になるかもしれない始祖鳥の化石をずいぶんと大事に思っていらっしゃるのが不思議だったんですよ」

「信仰と仕事は別だ」

ウィリアムは幾分落ち着いた調子で言い返す。

「なるほど。そういう方もいらっしゃるでしょう。しかしそうでない方もいる。そういえばウィリアムさん。上着のポケットに何か余計なものを入れていらっしゃいませんか。職人の計算された仕事が台無しですよ」

ウィリアムは一転して表情を消す。そして上着のポケットから小ぶりの機械を取り出した。

「私の目に間違いがなければそれは爆弾ですね。小さくても威力は十分」

灰崎の言葉に周りはざわめく。

織部がウィリアムズに問いかける。

「なぜ貴方程の方がこんなことを企んだのですか。貴方はA国では優秀な人物だと聞いています」

「私はね。優秀な人間だ。なのにだ。その私が主の教えに反するこんな物を運ぶ役目を担わされるんだ。誰も彼も進化論進化論と喚き立てやがって。貴様らに信仰はないのか。おまけにだ。少し考えてみればわかるだろう。この化石の邪悪さが。貴様らは恐竜というものがこの始祖鳥になったと思っているそうだがとんでもない。始祖鳥が恐竜になったんだ。まるで主のお力で天から地上に墜とされたルシファーのように」

一同はウィリアムズの強く吐き出すような言葉に唖然とする。

「え、いやしかし。恐竜が始祖鳥に進化していったのは学術的に証明が進んでいます。もしやBさんは何が新しい資料をご存知ですか。それに始祖鳥が恐竜に進化したという証拠があるのですか」

「証拠だと。そんなものいらないだろう。聖書を読めばいい。それが最大の証拠だ」

なにを当たり前のことを言っているんだというBの態度に皆は言葉を無くした。

「あの、灰崎さん。化石を破壊するならなぜ警備を厚くしたのでしょうか」

「大騒ぎにして新聞にでも今言ったことをぶちまけるつもりだったのでしょう」

灰崎はすでに興味をなくしたようだ。

「ウィリアムズ氏についてどうしたらいいのでしょうか」

「そうですね。実害もなく、外国からの大使ですから内密にお帰りいただくのがいいのでは」

「わかりました。そのようにさせていただきます」


その後灰崎は自宅に帰ってきた。上着を脱ぎつつ1人呟く。

「今の時代にあんな古本にこだわる人間がまだいるとは。彼のような者が私の本性をしったらどうなるのかな」

灰崎はつい笑ってしまう。

「不老不死なんて主に逆らう行為だ、とでも言うかな」

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