事件と末路

鍛錬を終えて二人で住んでいる……というよりはギルが居候しているセビアの家に戻った。しかしそこにあったのは燃え上がる炎と野次馬共に包まれた、住み慣れた家だった。


「いや……パパ……ママ……! いやああああ!!」


恥も外聞も気にせず叫び、燃え盛る家の方向へと向かう。


「待て! 死ぬ気か!!」


燃えている中へ飛び込もうとするセビアをギルが止めた。


「離してください! パパが……ママが死んじゃう!! 火を消して! お願いだから!」


「火は消すから一旦止まれ!」


ギルは水の魔術で家全体を覆い火を消す。しかしもう遅かったらしく、すでに人が住める状態じゃなかった。


「落ち着いたか?」


火を消したことにより落ち着いたのだろう、セビアは静かになりゆっくりとギルへと顔を向ける。その瞳に涙を溜めながら。


「取り乱してすみませんでした……」


うつむきながら暗い声で、おもむろにそう発するセビアは今にも死んでしまいそうな雰囲気を纏っていた。


「住むところ……なくなっちゃいましたね」


先の雰囲気とは一転……したかのように空元気で、力無くセビアは笑った。


「……まだ全焼してるわけじゃない、中に残ってるものでも取りに戻ったらどうだ?」


「そうですね……そしたら少しだけ取ってくるので待っててもらえますか?」


何か嫌な予感がした彼は、自分もセビアについていくことにした。火の不始末はない……と言うよりはそもそも、昨日も一昨日も炎は使っていないはずだ。なのに燃えていたのは……そう言うことだろう。


「そう……ですか、それじゃ行きましょう」


案の定、家の中に入ると金目のものが結構なくなっていた。セビアが父から送ってもらった高価なネックレスや、セビアの財布、それからセビアが金を置いといた小さな金庫も、それごと持って行かれている。


「……そこか」


そしてまだ犯人は立ち去っていない。ギルは何もない場所に、魔力弾を放つ。


「……ギルさん?」


突然の奇行にセビアも驚き、彼を見つめていた。しかし、次の光景を見た瞬間、その目がさらに驚愕へと染まる。


「お嬢ちゃん一人だけじゃなかったのか。まあいい、貴様は殺してお嬢ちゃんは奴隷堕ちだ」


何もいないはずの虚空から、見知らぬ男が出てきたのだ。それにこの男……かなり強い。感じる魔素量は、明らかに自分よりも上だと、セビアは直感した。


「俺を殺すか……できるものならやってみろ」


しかしそんな彼を見ても、ギルは焦る様子一つ見せずに、相手を挑発する。


「言われなくても行ってやる……さ!」


足に魔素を集めて強化したのだろう、とてつもないスピードで持って男はギルへとおそいかかる。家の中ということもあり、さほど距離を取れていないこの状況、交わすことなど不可能である、男はそう考えた。だが、逆も然り。相手が実力者である場合に、カウンターを決められた場合に避けることもまた不可能に近いのだ。そして今彼の前にいる男、ギルは紛れもない実力者である。


「甘い」


容易にカウンターを決められて、男は呻き声をあげながら地に落ちる。


「……今何したんです?」


ちなみにセビアには、ギルの動きも、そして相手の動きもまるで見えなかった。相手は決して弱くない。ただ、それ以上にギルが強かっただけだ。彼女は己が目指す場所はまだまだ遠いと改めて実感することになる。


「ただ奴の動線に拳を置いただけだ。要は自滅に近いな」


ギルが行ったのは至極単純なことである。ただ男の動きを見て、体を半歩ずらした上で、拳をちょうど顔面が来る場所に置いた。それだけだ。あとは己の速さにすら反応できない……というよりは飛んでいるために避けることができない男は勝手にぶつかるというわけだ。


「さて……起きろ」


次に男が目を覚ますと、彼の体は、細い糸のようなもので縛られていた。この細い物体、見た目に反してかなり頑丈である。彼が全力で力を込めても、ちぎれるどころかむしろ体に食い込み痛い。


「……殺せ」


故に、男は諦めて己の死を受け入れる。受ける依頼を見誤った、たったそれだけのことだが、それが命につながった。それならば仕方がないと割り切っているのだ。


「殺せ……? 殺すわけがないでしょ、死んではい終わりなんて許さない。苦しんで苦しんで、苦しみ抜いて、その上で死んで償えっ!!」


今この男を最も許せないのは、間違いなくセビアだろう。激昂し、何やらドス黒い魔素マナを纏って男に吐き捨てる。


「ああ……いくらでもやるがいい、お嬢ちゃんにはその権利がある。いくらでも受け止めよう」


全てを諦めて……と言うよりは全てを受け入れているであろうこの男には、セビアがする並の拷問など効かぬかもしれない……と言うか間違いなく効かない。彼女自身もそれがわかっているのだろう。故に不安定なその心をさらに揺さぶり、また叫ぶ。


「もっと怖がってよ! もっと辛そうにしてよっ!! なんでそんなに……それじゃ意味がないの、もっと苦しんでくれなきゃ……もっと後悔してくれなきゃ……」


「後悔……か、すまないな、無念はあれだ後悔だけはしないと決めているんだよ。ここで死ぬと言うのなら……私は所詮それまでの男だったと言うことだ」


「もう、いいです。早くここから……私の思い出から立ち去ってください、そして二度と私の前に姿を現さないで……できればその辺で野垂れ死ね。ギルさん、もう行きましょう」


拷問をしても無駄だと感じたのか、それとももっと別の何かか……ともかく、彼女は男を手にかけるのは辞めることにしたらしい。


「いいのか?」


「いいんです、お父さんも、お母さんも、ずっと私の中にいますから。それに今はギルさんがいます。家がなくても……満足に食べられなくても……それでも大事なのは誰と居るかだと思いますから」


少し苦しそうに、それでも晴れた笑顔で、セビアはギルに震えた声で伝える。苦しいのだろう、悔しいのだろう、本当はずっと住みたかったのだろう、両親との思い出も一緒に。しかし、セビアはそれを全て押し殺してギルと共に行くことを選んだ。


「そうか、分かった。それじゃあ森に行くことにしよう。……ああ、そうだ。この家から盗んだものを全て彼女に返せ、元々は彼女のものだ」


できる限り威圧的な魔素マナを、愛弟子の家を焼いたことに対する怒気と一緒に出しながら声をかけると、男は静かに、しかしその顔には多量の汗をかきながら盗んだであろうものを差し出した。


「よし、それじゃあ行くか」


二人はゆっくりと森に消えていく……

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