接触

セビアの家に入り込んでから10日が経った頃、毎日の日課である禅を空き地の中心で組み、瞑想していたギルの元に一人の人間が近づいてきた。


「……学園の教員が何のようだ?」


学園にて、唯一セビアを差別していないが当の本人からは嫌われている女性教員、リーフだ。理由は言いたくないようだ。


「私のことをご存知なのですか?」


「数回……目にしたことある程度だ」


恐らく、セビアと暮らしていることはばれているだろうが、自分の口からは彼女の名前を出すことはせず、軽くはぐらかした。


「そうですか……では単刀直入に言います、あの子……セビアから離れてもらえませんか?」


彼女が接触してきた理由は、予想通りのものだった。得体のしれない男が生徒と共に暮らしているというのは教員からしたら心配事なのだろう。

 最も、教員如きが口出ししていいものではない。もしかしたらギルがセビアの親戚かもしれない、里親かもしれない、いろいろと可能性がある以上は、口を出すべきではないのだ。


「断る……と言いたいところだが理由によるな」


最も、彼女がどんな理由を言おうとも、彼は約束した以上、セビアから離れるつもりはなかった。適当な理由をつけて断るつもりだ。


「学校の教員として……あの子の担任として素性も知れぬ貴方と共に居させることは出来ないんです……! それがセビアのためなんだ……!」


そう告げるリーフの瞳には、なぜか嫉妬の感情が見えていた。それと同時にセビアへの罪悪感もだ。そのどちらもギルには理解できなかった。


「ほう、つまりセビアにそうやって頼まれたのか?」


「そう言うわけではないが……」


「ならば論外だ。あいつとは契約してるんでな。よほどの理由がない限り離れるつもりはない。わかったらさっさと帰ってくれ」


本人が離れろというのならば彼は離れるが、そうでないのならば、離れる必要は一切ない。手でリーフに向けて追い払う仕草をする。


「そう言うわけには……もし貴方が危ない人物だった場合彼女を危険に晒す事になる」


リーフも引かずにギルを説得しにいく。


「危ない人物……か、セビアにとって一番危ないのは学園の生徒じゃないか? 魔術を使って魔物から逃げる囮にして放置する、校舎裏に呼び出して殴る蹴るの暴行、挙げ句の果てには魔術攻撃」


ギルから発せられる言葉を聞いていくうちに、リーフの目の色が変わっていく。彼が言ったことは、どれも学園関係者しか知らないものばかりだからだ。もちろんセビアから聞いたのだろうという予測もすぐにたてられたはずだが、動揺で、リーフの頭はそこまで回っていなかった。


「な、何故森のことを知っているんですか!?」


他のことはまだしも、森のことだけは知られていてはならない。彼女が動揺した理由もそこであった。


「俺が助けた、それだけだ」


ある意味では正しいだろう。ギルは実際、いじっめっこたちから、セビアを助けたことになっただろう。いじめっ子など、ある意味で魔物だ。


下位悪魔レッサーデーモンは……」


「逃げたよ、その後は知らん」


「なあ、なんでそこまであいつのことを気にかける?」


「私の大事な生徒だからだ!」


「いや、それだけじゃない……というかそれじゃないように見えるな……まあそれはいい」


ギルの言葉を聞いたリーフに動揺が走る。図星だったのだろう。過去になにかしらの出来事がセビアとの間であったのは確実だ。それが原因でセビアはリーフを嫌い、リーフはセビアに負い目を感じているのだろう。


「な、なんのこと……何を根拠に……」


「根拠はない、だが覚えとけよ。隠し事なんてものはずっと隠してられないぞ、いつかバレるものだ。案外……もうバレてるかもな」


最後に一言助言を残して、ギルは空き地を去っていく。


(あの教員……何か隠してるな。障壁にならない限りは放置でいいか)


少し考え事をしている間に家に着いたようだ。いつも通り音を立てないようそーっと中へ入る。


「ギルさん……!!」


普段なら寝ているセビアが目に入るはず……なのだが今日は何故か起きていて、そして泣きそうな目をしているセビアが目に入った。


「何を泣いている?」


「ギルさんが居なくなっちゃったのかと思って……」


帰ってきたギルを見て、ついに泣き出してしまった。よほど心細かったのだろう。


「この時間は毎日空き地にに行ってるだけだ。魔物っていうのは元来夜の方が動きやすいからな、瞑想するのも夜、それも月明かりの下の方がいいんだ」


「だとしても一言言って欲しかったです……」


膨れながら言うセビアにギルは少し罪悪感を覚える。なにせ一回目の前から去っているんだ、いなくなってたら心配するのも無理はないだろう。


「安心しろ、お前とは契約したし何より飯が美味い、しばらくは出ていかない」


「ご飯はギルさんの方が美味いのです! 明日はギルさんが作ってくださいね、僕を心配させた罰ですよ!」


ギルの言葉にセビアはいつもの元気を取り戻す。しばらくはここにとどまると言う言葉に安心したのだろう。


「魔物が作る飯を食いたいとか……お前変わってるな」


「その魔物と暮らしてる時点で今更なのです!」


彼女の言葉にはすごく説得力があった。実際、魔物の飯を食うというよりも、一緒に暮らしていることの方が、よほど頭のおかしいことだろう。つまり、ギルと暮らしている時点で今更なのだ。


「それもそうだな」


「僕……すごい楽しいです、ギルさんと出会ってから……最初は怖かったけど今は凄い楽しいです! 本当にありがとうございます!」


「……やっぱお前おかしいな、魔物といて楽しいとか」


「なっ……! 酷いですよ! せっかく勇気出して言ったのに! ギルさんはツンデレです! ツン100%の!」


「いやそれってただのツンだろ」


「一回でいいからデレて下さい」


「無理だ、諦めろ。というか明日は学園だ

ろ? 早く寝ろ」


「はーい、ギルさんはなんかお父さんみたいです……すごく懐かしい感じがします」


「代わりになるつもりは一切ないが重ねるだけなら構わないぞ」


「ふふ……ありがとうございます!」


(寝付きの速さはガキだな完全に。さて……俺も寝るか)


セビアが寝たことを確認しギルも寝ることにした。本来魔物は夜行性であるはずだが人間の名残りなのだろうか、やはり夜は睡眠欲が何よりも勝つらしい。


「んんぅー……ギルさんのえっち……」


(どんな夢見てんだこいつ)


少し気になる発言を聞いたが思考は一旦置いといて、ギルは意識を闇に落とした。

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