第7話
◆
第二の拠点は前の拠点より狭い。
俺とルザの乗ったトレーラーが戦利品と共にそこにたどり着いた時、すで先行したトレーラーの姿はなかった。近くにいたゲリラ兵に問いかける、というか、襟首掴んで引きずった上で詰問すると、砲撃に適した場所へ移動した、これから反攻作戦だ、と殺意たっぷりの返事があった。
まぁ、殺意に関しては俺も同様だっただろう。
ブブはどこにいるのか、全くわからなかった。
ともかく、俺には仕事がある。
トレーラーに戻ると、すでにロックドッグは地面に横になっており、すぐそばに例の操縦士が立っていた。
「さっきは助かった」
そう声をかけると彼女がこちらに向き直る。彼女の作業着は汗で色が変わっているが、それを言ったら俺は全身が泥まみれだ。髪の毛の奥まで泥が詰まっている。
「俺はイカロス。そちらさんは?」
手を差し出そうとして、泥がこびりついているのを作業着のズボンでこすり落とし、改めて手を差し出す。
彼女の手が俺の手を握り返す。
「ディアナよ。雇われ兵なんだけど、到着したばかりで、何が何やらわからないの」
ああ、と俺は答えたが、頭の中には別のことがあった。
ディアナは小さな手をしている。しかし手のひらはガチガチに硬かった。長時間、スタンドアッパーに乗る人間は、自然と手のひらが硬くなる。それは俺もそうだ。整備のためにスタンドアッパーを頻繁に操縦するから近い傾向がある。
しかしディアナの手のひらの硬さは、初めての感触だった。
何百時間、あるいは何千時間とスタンドアッパーに乗らなければ、こうはならない。
俺はとりあえず、アムン解放軍とアムン統一戦線の小競り合いだ、ということを伝えた。どちらもただの武装勢力で、ゲリラ戦を繰り広げている。
「しかし、どうやってあんなところにやってきたんだ?」
俺たちをディアナが助けた場面のことだ。
「拠点がある場所へ行くというゲリラ兵がいてね、送ってもらう途中だった。軽トラックでね。で、どうも目的地が砲撃されているとわかってきたと思ったら、撤収する部隊と鉢合わせした。ゲリラ兵は仲間に合流させて、私はスタンドアッパーがあるというところを、軽トラックを借りて目指したわけ」
「スタンドアッパーがまともに動かないことを聞いていなかったのか?」
「聞いていたわよ。でも上半身は無事だっていうから、なんとかなるだろうとは思った」
驚きだ。下半身が壊れたスタンドアッパーは戦場では射撃のいい的にされる。スタンドアッパーは上半身だけでは身動きできないのだから。
それをこの女操縦士は、上半身だけでも何かができるという。
よほどの自信家か、ぶっ飛んだ命知らずかだ。
「それで」
ディアナは先の話を始めた。しかしそれもどこか、的を外しているように思えた。
「ファントムⅢ型をいじった経験はあるの? イカロス」
そういう話の前に自分たちの身の安全を考えるべき、という気もする。しかし俺はこういう女は嫌いじゃない。同類だからだ。
返事は滑らかに口から出た。
「ファントムⅢ型は国内モデルも輸出モデルも触れたことがある。こいつはおそらく輸出モデルだろう。デチューンされていて国内モデルより二割ほど出力は抑えられている」
「補う方法を知っている?」
「もちろん。しかし稼働時間は短くなるし、燃費も悪い」
「それくらいは織り込み済みよ。最近の整備士は、弄れる、改造できる、と言っている割に、まるで暴走族が二輪車を改造する程度のことしかしないからね。あなたがそうじゃなくて助かった。任せてもいい? 私は指揮官と話をしないといけない」
お好きに、と応じると、ディアナは一度、頷いて寝かされているロックドッグから離れていった。
彼女を見送ると、ルザとすれ違うのが見えた。二人は短く言葉を交わしたようだ。ルザが俺のところへ来て器を差し出してくる。水だが、こういうときの水ほどありがたいものはない。
一息に飲み干し、俺はルザにファントムを改良すると伝えて、いくつかの指示を与えた。胸部装甲パネルが脱落しているので、それを綺麗に外させる。銃器が突き刺さった痕跡である装甲の破れ目を中心とした、破損の状態を確認させる。任せられるのはそれくらいだ。
その間に俺は俺で、ロックドッグの解体に取り掛かった。左足首がディアナの戦闘機動で、もはや稼働不可能に近い状態になっている。これを見てしまうと、ディアナが上半身だけ動けば構わないという趣旨の発言をしたのも、納得してしまいそうだ。片足の不具合を、彼女はものともしなかった。
足の部分から使えそうな人工筋肉を確保していき、記憶装置の内容をクリアにして、まっさらな状態に戻す。それでも再利用して使えるものは少ない。今まで酷使されすぎていて、消耗が激しいのは明らかである。ジャンク屋の売り物の方がまだマシだった。
俺がそれでも人工筋肉の山を作った頃に、ルザが戻ってきた。ファントムⅢ型の方は大きな損傷はないようだ。しかし胸部の操縦士保護用装甲に亀裂が入っているという。銃器の銃身の先の欠片が突き刺さっていたとルザは言った。
それはそれで肝が冷える。銃身の欠けた銃をディアナはぶっ放していたわけで、よく壊れなかったものだ。
しかし今は、それはいい。銃器も後でチェックしよう。
まずはスタンドアッパーだ。
「すぐに動けそうか?」
「動けます。でも、右足の人工筋肉の一部が断裂寸前です。斜面で踏ん張ったとき、無理な荷重が加わったんだと思います」
それはそれで、ディアナを評価する情報でしかない。
ロックドッグの人工筋肉にそんな損傷はなかった。彼女はあの最悪な足場でも機体を正確にコントロールしたのだ。人工知能によるサポートを超える、人間の直感、生物の野性というのは確かに存在するのだと実感する俺だった。
「よし、これからファントムの状態を整えて、いつでも出せるようにしよう」
「ロックドッグはどうするのですか?」
問いかけてきたルザの視線は寝かされて足を解体されている古いスタンドアッパーに向いていた。
その様子がどこから寂しげに見え、反射的に俺はルザの頭に手を置いていた。
「上半分は生きている。トレーラーにくっつけて、砲台にしよう」
俺の言葉ちょっとだけ、ルザは笑みを見せた。このまま廃棄するのが忍びなかったのだろう。
その気落ちはわかる。よくわかる。
スタンドアッパーは兵器だが、人間はどんなものにも愛着を持つ。俺もほんの少ししか面倒を見ていない、スクラップ同然のロックドッグを捨てるのには抵抗があった。
しかし一方で、近いうちに廃棄されることを予感してもいた。
どれだけ大切にしても、許されない時はある。
始めるか、と俺はルザの肩を叩いた。
(続く)
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