第4話
◆
拠点へ戻った時には、さすがにへとへとだったが、ここからが本当の仕事だった。
落とし穴にはめるという古典的な方法で擱座させたシルバーウルフの片足の、その膝関節部分を丸ごと奪ってくることに、何故か俺たちは成功していた。
現場で俺が少年と協力して膝をばらし、ゲリラ兵どもが担いで持って帰ったのだ。
総重量がとんでもないことになるスタンドアッパーの、その脚部はかなりの剛性が求められ、つまり途方もなく重い。めちゃくちゃ重い。それをゲリラ兵たちは六人がかりで運んだ。ただ抱えるわけにもいかず、その場で素早く井げたが組まれて、それに巨大な膝を乗せて担いだのである。
東の果ての国、平城国では宗教に関する祭りで、ミコシ、というものを担ぐがまさにそんな感じだった。膝がご神体というのも、だいぶおかしいが。
ともかく日が暮れる前に拠点へ撤収し、それぞれが仕事に入った。俺と少年は戦利品の確認とそれに続く作業。あるものは負傷者の看病をし、あるものは歩哨に立ち、あるものは簡単な料理を始める。
シルバーウルフの膝は、自分の仕事ながら、実に巧妙に分解されていた。
膝のパーツは中心に骨格があり、その周囲に膝を稼働させる人工筋肉やら、衝撃吸収用のダンパーやら、電気系統のケーブルの束の入ったパイプやらが取り囲んでいる。もちろん、その全てが装甲されている上に、パッキングもされている。銃撃を喰らい続けると不具合が出るし、特にこんな環境ではパッキングが不完全だと関節に土だの石だのといった異物が挟まる。これは大問題だ。
解体する時に、まず奪った脚一本の大腿部にあたる部分を引き抜いた。ロックドッグの本来の大腿部をそんまま使うためだ。
スタンドアッパーの骨格は人間のそれに準じているもので、単体でも巨大なパーツが骨格である。それは大きさのまま、一つ一つでも相当な重量を持つ。
大腿部から下からを奪ったが、もし大腿部も含めて確保すると十人はいないと運べなかっただろう。もっとも、それ以前に大腿部の骨格を奪うとすれば股関節からバラす必要があった。これはやや時間がかかる。股関節には重要な部品も多い。配線だけでも複雑で、同時に人工筋肉の構造も入り組んでいる。
ともかく、膝から下はそっくりそのまま手に入り、これを動けないロックドッグの片足にくっつけてやればいい。メーカーがまるで違うが、規格はかろうじて合うはずだ。民生品同士の部品の融通は意外に幅が広い。だからこそ武装組織などが使うのである。
シルバーウルフが穴にはまって折った足が必要な方でなかったのは、何よりの僥倖だ。
日が完全に暮れても、俺と少年は小さなライトを手に作業を続けた。
工具のどれを取ってくれ、あれを取ってくれ、金具はどれが欲しい、あれが欲しい、などと話しているうちに、少しずつお互いに呼吸が飲み込めてきた。いつの間にか拠点は静かになり、俺と少年の分の質素な食事は、少し離れたところで冷めていった。
もう日付が変わる、という頃に、とりあえずの作業が終わり、「ここまでにしよう」と俺の方が伝えた。少年は真剣な顔で頷き、先に巨大なスタンドアッパーの膝の下から這い出て行く。俺も仰向けのまま体を揺すって這い出る。ここでジャッキが外れる事故が起こると、作業員が圧死する悲劇が発生する。これが意外に頻発する事故だった。
無事に広い空間に出て、頬がヌルヌルするのを服の袖で拭う。少年は一足先に料理の入った器を手にとって、中身をすすっていた。
「きみ、名前は?」
自分の料理の入った器を手に取りながら、訊いてみた。別に名前を知らなくても不便はないが、呼びかけるときに「きみ」ではどうも、よそよそしいかと思った。
少年は器の中身を飲み込んでから、厳粛な口調で答えた。
「ルザ」
「ルザね。よろしく、俺はイカロスだ」
「知ってる」
彼は一口、器の中身を口に入れた。俺も口にするが、何かを煮た汁で、何が入っているかは判然としない。その上、ものすごい粘り気があり、何かをすりおろしたものを飲んでいるような心地だ。芋をすりおろしてから煮込めば、こんな感じになるかもしれない。
「いつもこんなものを食っているのか?」
全くの世間話でそう言葉を向けてみると、「そう」とルザが答える。周囲が静まり返っているので、まるで森の中に二人でいるような気もする。
「イカロスは」
ルザの目は降り注ぐ月明かりの中でキラキラと光っていて、どことなく宝石を連想させた。
「どこから来たの? 遠い国?」
「オルタミスという国だよ」
「何をしていたの?」
「何をって、職業のことか? あの国にいた時は、学生だったよ。学校を卒業して国を出たんだ。だから母国と言っても、あまり意味はないな」
ふぅんとルザは興味がない風を装ったが、音には興味がありありと感じ取れた。
「イカロスは何を勉強したの?」
「何も。普通の教育だよ。ちょっとだけ機械いじりをしたくらいだ」
「でも、さっきはびっくりするくらい器用だった」
「スタンドアッパーの膝をばらした時のことか? あの程度なら経験を積んだ整備士は余裕でやるよ。まぁ、環境は全く整っていなかったがね」
「イカロスは言葉が上手い。どこで習ったの?」
言葉が上手い、というのは、口が達者、という意味じゃないだろう。俺がアムン国の言葉を使いこなしていることを言っているのだ。
「いろんな知り合いがいるからな、教師には事欠かないのさ。それと、しゃべれないと仕事にならない場面も多い」
「アムン語は誰に習ったの?」
答えづらい問いかけだったが、嘘をついても仕方ないし、少年にこの世の実際を教えておくべきだろう。
「ヴァルバロッサ十字教国に雇われた時、不思議な士官がいてね、俺に語学の訓練を受けさせたんだ。それも兵隊が受ける奴じゃない。工作員が受ける訓練だ。そこで五ヶ国語を無理やりに覚えさせられた。教師はそれぞれの言語を母語に持つ人間で、徹底的に教え込まれたよ」
俺が一息にしゃべるとルザはポカンとしていた。
「イカロスは、五つも言葉を話せるの?」
「正確には七つだよ」
「あの、僕、実は」
ルザがちょっと声を潜めたので、合わせて俺も耳を近づけてやった。
「大人になったら、世界を見て回りたいんだ。アムン国じゃない国を、見てみたい」
なんとも、子どもらしい夢じゃないか。
この内戦しかない国家、生と死が密接する世界の外側を見たいというのは、いかにも純粋だった。
叶えてやれるなら、そうしたい。
しかし例えば、ブブがそれを許すかといえば、そうはいかないだろう。
「ルザ、お前はどうして解放軍に加わったんだ?」
問いかけると、ルザはゆっくりとうつむき、それきり黙り込んだ。
答えは今までで一番小さな声だった。
「兄さんが、さらわれて、取り戻すために参加した」
ありそうなことだ。武装勢力はそれぞれに立派なお題目、場合によっては陳腐なお題目を掲げるが、やることには大差ない。食料その他の物資を強奪し、人をさらう。場合によっては見せしめに殺す。
ルザの兄をさらった勢力は、きっとルザの兄を少年兵に仕立て上げただろう。もう戻ってくることはない。天地がひっくり返ってもニア。
元へは戻れない。
ルザ自身も、都合よく利用されたのだと俺には見えた。
ルザの未来を決定したのは、さて、誰なのだろうか。ルザ自身か、大人たちの勝手か。それともこの国、もしくは別の国か。
「明日には試しに動かしてみよう。もう眠るといい」
話題を断ち切る俺の言葉に、いつの間にか食事を終えていたルザが頷き、離れていった。
少しずつ器の中身を口にしながら、闇に消えていく小さな背中を見送ってから、俺はトレーラーの上に今は寝転がっているスタンドアッパーを見た。
俺もかつて何かを夢見たはずだ。
しかし時間とともに、心の内側にあったものは風化していき、今は何も残っていない。
ただスタンドアッパーを弄れればいい。
それがどこであろうと。
遠くで鳥が鳴いたが、返事をするものはいない。
静かだった。
(続く)
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