第9話 VS地獄の使者
「【
猫がそう言いながら鬼の頭から頭へ。肩から肩へと飛び移っていく。
それと同時に……猫は空へ向けて、おもちゃの銃のように見えるものを撃ち出した。
そこから打ち出されたのは、アーモンドのようなもの。
それが弾け。中からどろどろとした網が飛び出した。
その網は鬼の体に絡み。巻きついていく。
「な、なんだ……取れん」
「ぐ……この」
「ふふん。無駄だよ。ソレ、自動車はもちろん、戦車とか戦艦でもダメにしちゃうようなシロモノだから」
猫が自慢げにそう言って……横へ跳んだ。
「……ま、通じないとは思ってたけど。これでも自信作だったんだけどね」
「小細工は通じん」
「それはどうかな?」
猫がグローブを捨て。鞄から一瞬でもう一対のグローブを取り出した。
それは紫色で……酷く禍々しい色をしていた。
「コレ、【猫毒】って言って、あの【起死回生】と呼ばれた伝説の殺し屋でも即死するような毒が入ってるんだけど。キミには効くかな?」
「……毒など効かん」
「さて、ね。天使ですらも悶え苦しんだんだ。実験に付き合って貰うよ」
猫が笑い、鉤爪を伸ばした。その爪は……緑色だ。
「それじゃ。行くよ?」
黒鬼が構えた次の瞬間。
バンッと。閃光が上がった。それと同時に。プシューっと空気の抜ける音が聞こえる。
黒鬼は不意を突かれ、一瞬瞬きをしてしまった。……その間に。辺りを生暖かい煙が包んだ。
「ぬっ……」
「あ、やっぱり体温で検知するんだね。大気で感知できるのは鬼ではない、か」
猫の声がすると同時に。黒鬼は棍棒を振るった。
その方向の煙が晴れ……そこにあった、四角い機械が砕け散った。
「ざんねーん。ハズレ」
その時には――猫が鬼の後ろへと来ていた。
猫がその鉤爪を振るう。
パキン。
「……へ?」
その爪は。黒鬼の肌に傷一つ与えること無く、根元から折れた。
「ちょ、硬すぎでしょっ!」
猫が思わず叫んだ頃には……既に黒鬼が棍棒を振り抜いていた。
「やばっ――」
そのまま棍棒が猫を打ち砕こうとする。
「なんてね」
そんな声がまた、鬼の後ろから聞こえた。同時にバキンと。猫が居たはずの場所にあった、薄長い板が割れた。
猫はそのまま鬼の肩に張り付く。その手にはスプレー缶のような物をもっており。そのノズルを思いっきり黒鬼の鼻に突き刺した。
「肌が馬鹿みたいに硬いのは知ってるよ。でも、内部はどうかな?」
猫がそう言い。そのノズルの傍にある凸を押した。
「ぶぼぁッッ」
「ふふん。現世で一番辛い唐辛子。キャロライナリーパーを限界まで濃縮した粒子。さすがに効いてるみたいだね」
黒鬼はこの時初めて悶絶し。片膝を着いた。
「天使ちゃん!」
「うん」
猫の言葉に天使は呼応する。その天に掲げた手の遥か上空には薄く、丸いガラスが浮いていて。その光が天使の腕に集まり、発光していた。
これは天使が唯一使える。太陽光を集め。放つ技。
「【裁き】」
天使がそう言葉を放つと同時に。白熱線が落ちた。
猫はその熱さに目を剥きながらも。脱兎のごとくその場を離脱する。
雷は黒鬼を直撃し。今はもうもうと煙が立ち込めていた。
「威力高すぎでしょ……ボクも死ぬ所だったんだけど」
それを見ながら猫は呟く。
「……うっ」
天使は翼を折り畳み。地上へと降りた。
この技は非常に強力な代わりに、絶大なエネルギーを伴う。本来は太陽のエネルギーを長時間溜めて行うのだが。地獄でそれは見込めなかった。天使がこれを使おうと思ったのは【聖女】にある。
【聖女】のお陰で天が割れ。太陽と比べても遜色ない程の神々しい光が差し出したのだ。
それを使うと共に、天使の源であるコアからもエネルギーを供給し。雷……正式には雷を模した熱線であるのだが。それを射出したという訳だ。
「……でも、これで後は――」
猫が改めて倒れた黒鬼を見た時であった。
鬼がムクリと。何事も無かったかのような立ち上がった。
「……やっぱり無理だった」
天使は少し悔しそうに。言う。その体はピクピクと震えるだけで……こちらの方が重傷であった。
「天使ちゃん!」
猫が天使を抱える。……しかし、人一人抱えて逃げるには相手が悪すぎた。
「もう油断はしない」
その言葉と共に。黒鬼の金棒が猫の目前に迫った。
――ああ、死んだ。二度目の死だ。
――でも、十分抗った。もう、終わっても誰にも文句は言われないだろう。でも……彼との別れは寂しいな。
猫はそう考えながらもどうにか天使を逃がそうと。非力ながらも遠くに投げようとしたのだった。
◆◆◆
カリ、と錠剤の噛み砕かれる音がして。男は嗤う。
「昔ッからよォ。憧れてたんだよ。世の中の悪役ッてのは第二形態が付き物だ。だよな?」
「理解出来ません」
「ハハッ。しなくていい。どうせ見りゃあ分かるんだからよォ」
男がゴキっと首を。そして手を鳴らす。それと同時に男の顔に。肉体に。禍々しい文様が浮かんだ。
「こいつァ機関の失敗作らしくてなァ。肉体能力を向上させる代わりに使った後は全身の血管という血管が破裂して死んじまうらしい。失敗作には違いねェが、最後の足掻きにはなるッて支給されンだよ」
その言葉に聖女の顔が歪む。
「あなたッッ。なんて事を……!」
「シルに言われて使う事は無かったが。悪くない気持ちだ」
男は荒々しい笑みを浮かべる。
「さて。聖女。この世で二番目に恐ろしい奴が何か知っているか?」
その言葉に……聖女は返さない。
「死の淵から蘇った奴だよ。一度タガが外れちまった獣はもう止められねェ」
次の瞬間。男の姿は消えた。聖女は動かない。
その動きが……自分を傷つける為のものでは無いと分かったから。
「……獣。と呼ぶには随分と人情深いようですが」
と。聖女は呟いたのだった。
◆◆◆
猫は死ぬ覚悟をしていた。短かったが、最後に彼と出会えただけでも良かったと。……しかし。
「おォおォ。随ッ分イイようにヤラれてんじゃねェか」
それを猫は嬉しく思った束の間。彼の姿を見て目を見開く。
「なっ……んで。その、模様って」
「あ? こうでもしねえと殺られんだよ。こいつはぶッ殺しておくから二人も逃げろ」
ふっきらぼうな言葉と共に……一瞬。男の姿がブレた。一つ瞬きを終える頃には。あれだけ二人が苦戦した黒鬼が一瞬で生の階段から足を滑らせる。
……しかしそれが、彼の命を縮めている事実には変わらない。
「……? どういう、事?」
天使が二人の会話に疑問を持つ。
「ッるせえ。お前に言う義理はねェんだよ。良いからさっさと行け!」
男の言葉に猫は唇を噛み。天使を抱えた。
「行くよ、天使ちゃん」
「待っ――」
天使の言葉を待つより早く。猫は行った。
「――さて。随分と待たせちまッたな。あのクソ鬼を殺ったら真ッ先に来ると思ッてたんだが」
「……彼は最近、調子に乗っている節がありました。これで反省してくれる事でしょう」
「ハッ。それで死んでちゃ世話ねェがな。……いや、死んでも生き返るンだったか」
その言葉と同時に。男は地面を蹴った。その拳が聖女の顔へと伸びる。
聖女はその拳を受け止め――目を見開いた。
「……確かに強くなってますね」
「その澄まし顔が腹立つんだよ! クソが!」
男はその怒りを全て言葉にして吐き捨てながらも……その口は歪んでいた。
「その割には楽しそうですね」
「楽しいだろうがッ! こんだけ差ァ感じたのはボス以来だッ!」
その言葉と共に。男は黒鬼の持っていた、二つに折れた棍棒を力任せに叩きつける。
そうして、また腕が無くなり。足が無くなるまで。戦いは続いた。
◆◆◆
「猫。彼に何があったのか教えて」
猫は天使を連れて逃亡しながらも。その言葉に頭を悩ませていた。
話すべきか……だが、あの薬物は組織の機密情報である。以前は敵だった彼女に言うべきか……。
いや、今は味方なのだ。
意を決して。猫は話した。あの劇物の事を。
話していくうちにみるみる天使の顔が変わっていき……。
「助けに、行かないと」
「ダメだって! 彼はボク達を逃がすために……ッ」
猫はそこで口を閉ざした。
嫌な、予感がすると。その予感は……当たってしまう。
「あら、こんな所に居たのね」
足音もなく……その、中性的な声が背後から聞こえた。
猫は振り向きざまに鉤爪を突き立てる。
「やだもう、おいたはダメよ? 猫ちゃん?」
そこに居たのは……長身の男性であった。スーツを決めて。シルクハットを被り。その手に持った黒いステッキで猫の爪を止めていた。
「……気づ、けなかった」
「天使ちゃんで無理ならボクでも無理な訳だ」
「ふふん、アタシってば隠密が好きなのよねぇ。と・く・に? 男の子がお風呂に入ってる所とか?」
長身の男はそう言って「きゃっ!」と頬に手を当て身をくねらせた。
猫はその様子を見て。脳内にある選択肢を一つ一つ潰していく。
地獄に落ちてきた人間の可能性は低い。……なんせ、こんなに身綺麗なのだ。自分達のように隠れていた可能性もあるが……。
かと言って、鬼では無い。となると、一番可能性が高いのは――
「……死神」
「あらん? アタシの事を知ってるのかしら?」
「悪いけど知らないね。死神に関する情報は少なすぎる。……ボクでも精々、【聖女】ぐらいしか知れなかったからね」
「やっぱり入り込んできてた『ネズミ』……いいえ、『猫ちゃん』は貴方だったのね。悪い子」
そう言って、長身の男は……バチンとウインクをした。
「あら、アタシとした事が自己紹介をしていなかったわね。私は……そうね。【男女】とでも呼んでちょうだい? 生前はそう呼ばれてたわ」
「……ナンセンスだね。今の現代は性差に寛容なんだよ。ボクとしても嫌悪感は無いし」
「へぇ。時代は変わっていくのねぇ……おしゃべりも好きなのだけど。そろそろお仕事をしなきゃ。そこの子も悪い事、しちゃいそうだし。ね?」
その長身の男の言葉に天使が無言で……天に掲げていた手を下げる。
「良い子。そのまま大人しくしてくれると助かるのだけど?」
「冗談やめて。……ボク達は逃げ切るんだ」
猫は天使を抱えながら。相手を睨んだ。
その目をギラギラと輝かせながら。
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